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家に帰るとわたしはひとりだった。
部屋の中はつめたくて暗くて、慌てて居間の電気と電気ストーブのスイッチをつける。
ふたりがけのちいさな食卓の上にうすい緑の透き通ったガラス花瓶が置いてあってそこに、ママがこの間ソノダさんからもらってきたドライフラワーが生けられている。
おしゃれなドライフラワーはあんまりこの部屋には似合わないような気もした。
はやくお風呂に入りたいけど、面倒くさくて三つ折りに畳んだ布団の上に膝を曲げて横になる。寒い外にいたからわたしの膝はまた赤くつめたくなっていて、みすぼらしい。
――家族ってめんどくさいねん。
わたしが帰る頃――忠義さんはまた何も言わずわたしを家まで送り届けてくれた――は、雨はもう上がっていた。
忠義さんとわたしは歩きながら、電車に乗りながら、ごくゆっくりとした調子で最後まで観終えたスパイダーマンの話とか忠義さんが可愛がっていた犬――忠義さんが野良犬を拾ってきて近くの公園で数日餌をやったり遊んであげたりしていた犬――の話をしたけど、
家のすぐ近くまで来た時、忠義さんはさっきまでしていた話の続きみたいにそう言った。
雨上がりの空にはまだ雲がたくさんあって、空気自体も湿って嫌な感じだった。
――ちっちゃい不満とか隙間はそのまんまにしとくともう元どおりに戻らへんようになって。
――Aちゃんは良い子のままでいたらあかんよ。
わたしは最後まで何も言えなくて、別れ際にお礼とカレーがすごく美味しかったということしか言えなかった。
忠義さんは「ほなな」ってやさしい顔をしてまた、おおきな手をわたしの頭に乗せてから帰っていった。
一瞬だけやわらかく触れた淡いぬくもりがまだ残っているような感覚がしてぼーっとする。
明日はまた学校だ。
学校といえば、錦戸くんにアドレスを教えたこと、すっかり忘れていた。
もしかしたらメールがきてるかもしれない。もうちょっとしたら、携帯を開こう。
ママの分も布団をちゃんと敷いてお風呂にも入らないと。もうちょっとしたら。
ママに罪悪感がなくたって、全然いい。罪悪感なんて感じてほしくなんかない。
でもわたしが一日のうち何回もママのことを思い出すように、今まで何かをするときに思い浮かべるひとがママしかいなかったように、
すこしでいいからママがわたしのことを思い出してくれていたらいいなって思った。
重たい瞼を感じながら、そう思っていた。
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蒼 夢見子(プロフ) - 幸さん» 幸様、心のこもったあたたかいお言葉ありがとうございます。こんなこと言っていただけるとすこし自惚れてしまいそうだなと思ってしまうほど本当にうれしいです。お礼を言いたいのはこちらのほうです…私は幸さんのコメントにあたたかい気持ちになりました^^ (2019年11月26日 19時) (レス) id: c01abe0da9 (このIDを非表示/違反報告)
幸 - 夢見子さんの作品は、何でこんなに引き込まれるんだろう…と、日々不思議に思っています。(笑) ものすごく好きな作者さんです。暖かい気持ちにさせてくれて、ありがとう。私も、夢見子さんのように、誰かを暖かい気持ちにさせられる人になりたいです。 (2019年11月21日 20時) (レス) id: 295a9fdbac (このIDを非表示/違反報告)
蒼 夢見子(プロフ) - 碧さん» 碧様、初めまして。お返事遅くなりすみません(涙)そう言っていただけてとてもとても嬉しいです。思うように書けずにいて読んでくださっている皆さんには申し訳ない気持ちですが…あたたかいコメントを糧に頑張ろうと思います!ありがとうございます! (2019年4月7日 0時) (レス) id: 0c7f8e1b68 (このIDを非表示/違反報告)
碧 - 初めまして。すごく楽しみに読ませて頂いています。夢見子さんの作品はいつも切なくて温かいものばかりで、大好きです!応援しています。 (2019年4月2日 18時) (レス) id: d6c70f3491 (このIDを非表示/違反報告)
蒼 夢見子(プロフ) - 翠穂さん» 翠穂様、お返事大変遅れてしまってごめんなさい…!そしてあたたかいコメントありがとうございます(涙)すこしずつしか更新ができていませんが今後の展開も見守っていただけるとうれしいです! (2019年3月25日 12時) (レス) id: 742d92b89e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:蒼 夢見子 | 作成日時:2019年1月30日 0時