( あんず色のよすが )

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家に帰ってきてかれこれ数時間は経ったんやろうか。

時間が無意味に流れているような気がして仕方ない。窓の外は暗くて、相変わらず雨がぽちぽちと窓に当たる音がしている。



俺はベッドに仰向けに寝転んで、漫画を読んでるふりをして、だけど気もそぞろで実際は適当に開いたページをぼんやりと眺めているだけ。

帰ってきてからずっとこうや。

枕元に転がった携帯を数分毎に開いてなんの通知もない画面を見ては不安を募らせている。アホみたいに。




俺が送った、件名が『錦戸です』で、本文が『よろしく。』だけのそっけないとも取れるメール

――それやって、送るのにめっちゃいろいろ悩んだ。男やのに絵文字を使うのはきしょいかもしれへんし、『！』もなんか変にテンション高くて変やし、結局ただシンプルなメールになってもうた。でもそれも、シンプルすぎたってかなり後悔してる。――

を送ったのは16時37分で、今は18時40分。彼女から返信はこない。





――あんさ…その、よかったら、でええんやけど…。

――メアド、交換せえへん…？

――…そのほうが…口で言うよりおすすめの曲、教えやすいから。




終礼が終わった後、帰ろうとした鈴木さんを呼び止めて俺はそう言った。取ってつけたような理由をやたら早口で、言った。

思い出すだけで、気が萎えるくらい恥ずい。ため息が出る。




タイミングは今日やなかったかもしれへん。

てか、絶対今日とちゃうかった。

もうすこし仲良うなってからのほうがよかったんや。



絶対怪訝に思われたし、迷惑やったかもしらん。

「おすすめの曲教えて」なんて、ちょっと考えたら社交辞令やってわかることやのに、俺はいくらか舞い上がっていた。




でも、


――うん、いいよ。全然。


って言うたから。しかも、気さくに笑って。





「あー……もぉ。」


蚊の鳴くような声を漏らし指の腹で目をごしごしとこすってから、でかいため息をつく。

ため息と共に勢いよく大の字になると、手に持っていた漫画がばさりと床に落ちる音がした。

相変わらず、窓を叩く雨粒の音。天井のやたらに眩しい、円盤型をした白い電気。





おすすめの曲。

どの曲がカッコがついて、聴いてもらえそうで、彼女に似合うやろうか。

空いてるCD−ROM、まだあったっけ。




メール、はよ返信こおへんかな。




かすかに速まる心臓の音を感じながら電気をみつめた。





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