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タツくんの唇がゆっくりと、音もなく離れたとき、わたしの視界はぼやけていた。
それは、目の前のタツくんもおなじだった。綺麗なかたちのくっきりとした目の中でちいさな光がゆらゆらと揺れている。息ができず苦しくなるような、もの悲しげな瞳だった。
「遅くなってきたし、そろそろ送ってくわ。」
サンダルの音がして何事もなかったようにタツくんが立ち上がった。
生ぬるい風が吹いて、なのに半袖から出た腕が妙に肌寒いように感じる。
どうしてこんな気持ちになるのかもわたしにはわからない。動けないまま、行き場を失った水滴が下瞼から溢れてしまわないように下唇をすこしだけ噛んでうなずいた。
「足、しびれてもうた？立てる？」
頭上から聞こえるタツくんのやさしい声に、「ううん、平気」と蚊の鳴くような声で答えて頭を横に振ることだけで精一杯だった。
タツくんの家を出たときはもう8時半を過ぎていたけど、外の空気はいまだ重たくじっとりと暑い。
駅までの道、わたしたちはぽつりぽつりと会話を交わしたまに笑った。いつも通り。わたしがタツくんの顔をあまり見上げられなかったことを除けば。
「今日、ママ仕事ない日だから、駅までで大丈夫。」
駅前でわたしは足を止めてタツくんにそう言った。
そのママからは特になんの連絡もない。
あの日から、わたしが気づいてしまった日から、もうなにも期待はしていないけれど、ママのことを気にするのは長年体に染み付いた習慣のようなものだった。
「気いつけてな。」
「うん。」
タツくんは一歩わたしに近寄って、いつものようにおおきな手を頭に乗せる。
ロータリーに並ぶ蛍光灯がその端正な顔を照らしていて、だけど、タツくんが今なにを考えているかなんてわたしにはちっとも読み取ることができなかった。
そして、ゆっくりと頭からタツくんの手が離れたから、わたしは、じゃあ、とちいさく手を振って駅に向かって歩き出す。
まもなく二番線に電車が参りますーー
駅の中からはきはきとしたアナウンスが聞こえた。
改札に続く階段を数段上がったわたしは立ち止まり、振り返る。タツくんはちょうど、駅に背を向けて歩き出すところだった。
その背中をほんのすこしの間、息を止めて見つめてから、また改札に向かった。
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蒼 夢見子(プロフ) - もんさん» もん様、しばらくぶりの更新にも関わらず読んでくださりありがとうございます…素敵な感想までいただけて嬉しいです…（涙）気まぐれな更新になってしまっていますがお付き合いいただけるように更新頑張ります…！ (2022年2月6日 14時) (
レス) id: d76122eb40 (このIDを非表示/違反報告)
もん(プロフ) - 更新とても嬉しいです、蒼さんの作品がどれも切ないのに心が暖まって大好きです。 (2022年2月6日 1時) (レス) id: 88e425fb34 (このIDを非表示/違反報告)
蒼 夢見子(プロフ) - 日玖さん» 日玖様、コメントありがとうございます。(お返事がひどく遅れてしまい申し訳ありません…)そう言っていただけてとても嬉しいです。更新が途絶え気味ですがなんとか最後まで書けるよう頑張ります…！ (2022年2月5日 16時) (レス) id: 0bca9b395c (このIDを非表示/違反報告)
日玖(プロフ) - コメント失礼します！つい先日このお話にたまたま出会い、あまりにも好きすぎて一気読みしちゃいました……！続き、楽しみにしてます。これからも応援してます！ (2021年10月12日 11時) (レス) id: bbffd7f7da (このIDを非表示/違反報告)
蒼 夢見子(プロフ) - しずくさん» しずく様、初めまして。コメントありがとうございます。書き始めてからたくさん時間が経ってしまい更新も気まぐれで申し訳ないですが、あたたかいコメントいただけて本当に恐縮です。これからも読んでいただけるよう頑張ります！ (2021年7月19日 20時) (レス) id: 7499a18546 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：蒼 夢見子
| 作成日時：2019年12月5日 23時
