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火をつけたばかりの線香花火は、聞こえるか聞こえないかというほどのちいさな音を立ててあざやかに燃えていた。
振り落としてしまえば一瞬で終わってしまうのかもしれないけど、それでもこんなにちいさいのに明るくて光がにぎやかだ。
わたしははじめて実際に見るそのちいさなオレンジ色の球とそこから弾け出る光の枝を目で追うのに夢中だった。
タツくんの部屋のベランダはちいさくもないけど、特におおきくもない、普通のベランダで。
夕方買った花火をタツくんが思い出したように持ってきたのは、わたしがちょうど夕食の洗い物を終えたときだった。
「となりおらんしベランダでいけるやろ」と言ってタツくんが試しに火をつけたショッキングピンク色の手持ち花火は予想外に火の噴射距離が長くて、ベランダはたちまち煙でいっぱいになってしまった。
そういうわけで、結局数本だけ入っていた線香花火だけやることになった。
オレンジの球は繊細な光線を放ちながらほんのすこしずつ徐々に上のほうへ昇ってくる。綺麗だった。
今日タツくんが花火を買わなかったら、と不意に思う。
今日タツくんが花火を買わなかったら、ひょっとしたら一生線香花火をすることはなかったかもしれない。
それは長い人生の中では些細でどうでもいいことなのかもしれないけど、今のわたしには充分意味があった。
「…花火、」
「ん?」
となりで同じようにしゃがんで線香花火を火をつけたタツくんはわたしのほうを見た。
「どうして急に…?」
タツくんに尋ねながらも、手元にあるだんだんと花火の先のオレンジ色の球は頼りなくちいさくなってきていた。
わたしは鼻からゆっくり空気を吸う。それから慎重に、花火がすこしでも長持ちできるように、手を動かさないようにしてみる。
「Aちゃんが四年に一度だけやったら困るって言うてたから。」
淡々とタツくんは答える。
「…花火、ほんとうは今日はじめてやった。」
幼い子どもがいたずらを白状するような言い方でわたしがつぶやくと、タツくんは「そうやろうなと思った」とかすかに笑った。
夏の虫の声と花火の音以外ここにはなにもなくて、ただ隣に並んでじっとおのおのの線香花火を凝視しているわたしたちはなんだか可笑しい。
可笑しいのに、せつなかった。どういうわけか、そう思った。
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蒼 夢見子(プロフ) - もんさん» もん様、しばらくぶりの更新にも関わらず読んでくださりありがとうございます…素敵な感想までいただけて嬉しいです…(涙)気まぐれな更新になってしまっていますがお付き合いいただけるように更新頑張ります…! (2022年2月6日 14時) (レス) id: d76122eb40 (このIDを非表示/違反報告)
もん(プロフ) - 更新とても嬉しいです、蒼さんの作品がどれも切ないのに心が暖まって大好きです。 (2022年2月6日 1時) (レス) id: 88e425fb34 (このIDを非表示/違反報告)
蒼 夢見子(プロフ) - 日玖さん» 日玖様、コメントありがとうございます。(お返事がひどく遅れてしまい申し訳ありません…)そう言っていただけてとても嬉しいです。更新が途絶え気味ですがなんとか最後まで書けるよう頑張ります…! (2022年2月5日 16時) (レス) id: 0bca9b395c (このIDを非表示/違反報告)
日玖(プロフ) - コメント失礼します!つい先日このお話にたまたま出会い、あまりにも好きすぎて一気読みしちゃいました……!続き、楽しみにしてます。これからも応援してます! (2021年10月12日 11時) (レス) id: bbffd7f7da (このIDを非表示/違反報告)
蒼 夢見子(プロフ) - しずくさん» しずく様、初めまして。コメントありがとうございます。書き始めてからたくさん時間が経ってしまい更新も気まぐれで申し訳ないですが、あたたかいコメントいただけて本当に恐縮です。これからも読んでいただけるよう頑張ります! (2021年7月19日 20時) (レス) id: 7499a18546 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:蒼 夢見子 | 作成日時:2019年12月5日 23時