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「あとはこのまましばらく煮込むだけやから、放っとけばできあがり。」
ぐらぐらと煮えている鍋に蓋をすると、となりでコンロに張り付くように立っていたAちゃんを見る。
「簡単やろ。」
俺の問いかけにAちゃんは不安そうに眉を下げてうっすらと苦い笑みを浮かべた。
「…できるかな。」
「大丈夫やって。カレーなんて後から水足したりルー足したりすれば味はどうにでもなるし。」
具を炒めるのに使っていたヘラを流しに置くと、指先をゆすぐ。
背後でAちゃんは手に握っていたメモ帳になにやら一生懸命書き込んでいる。ぐつぐつと音を立てる鍋を見ながら。
カレーの作り方を教えてほしい。
Aちゃんがおずおずとそう言ってきたのは、数日前のことだった。
聞くと、今週の金曜はAちゃんの母親の誕生日で、母親が恋人と会う約束がなくなってしまったからAちゃんが夕飯を作って祝う予定らしい。
カレーの作り方を教えることくらい俺にとってはこの上なく簡単なことで、だけど、心のどこかでなんとなく快く応える気になれなかった。
――Aちゃんは良い子のままでいたらあかんよ。
いつしかAちゃんに言った言葉を思い出す。
俺といるとき、Aちゃんが母親のことを悪く言うようなことは今まで一度もない。母親についてはいつも淡々と事実を述べるだけやった。
だから、本当のところ、Aちゃんが母親にどういう感情を抱いているのか俺は知り得ない。
それでも、いつもひとり娘を放置して好き勝手に生活しているような母親――それが俺の偏見だとしても、すくなくとも、娘が歳上の男の家に出入りしていることさえ、微塵も気付かない――のために純粋な気持ちでなにかをしてあげる必要があるんやろうか。
それに。
Aちゃんが一生懸命なにかしたところでこちらの期待通りの受け止め方をしてくれるかもわからない。
ないがしろにされるかもしれない。
どちらかと言えば、そのほうが気がかりだった。
「タツくん」
意識の向こう側で名前を呼ばれて、流しの水を出しっぱなしにしていたことに気づく。俺は水を止めて、振り返る。
「ん？」
「教えてくれてありがとう。」
Aちゃんは混ざりけのない純粋な声でそう言うと、やわらかに口角を上げた。
この子が傷ついたり、俺のように腐っていったりすることが嫌だった。
それは本当に同情からそう思っているのか、わからなかった。
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蒼 夢見子(プロフ) - もんさん» もん様、しばらくぶりの更新にも関わらず読んでくださりありがとうございます…素敵な感想までいただけて嬉しいです…（涙）気まぐれな更新になってしまっていますがお付き合いいただけるように更新頑張ります…！ (2022年2月6日 14時) (
レス) id: d76122eb40 (このIDを非表示/違反報告)
もん(プロフ) - 更新とても嬉しいです、蒼さんの作品がどれも切ないのに心が暖まって大好きです。 (2022年2月6日 1時) (レス) id: 88e425fb34 (このIDを非表示/違反報告)
蒼 夢見子(プロフ) - 日玖さん» 日玖様、コメントありがとうございます。(お返事がひどく遅れてしまい申し訳ありません…)そう言っていただけてとても嬉しいです。更新が途絶え気味ですがなんとか最後まで書けるよう頑張ります…！ (2022年2月5日 16時) (レス) id: 0bca9b395c (このIDを非表示/違反報告)
日玖(プロフ) - コメント失礼します！つい先日このお話にたまたま出会い、あまりにも好きすぎて一気読みしちゃいました……！続き、楽しみにしてます。これからも応援してます！ (2021年10月12日 11時) (レス) id: bbffd7f7da (このIDを非表示/違反報告)
蒼 夢見子(プロフ) - しずくさん» しずく様、初めまして。コメントありがとうございます。書き始めてからたくさん時間が経ってしまい更新も気まぐれで申し訳ないですが、あたたかいコメントいただけて本当に恐縮です。これからも読んでいただけるよう頑張ります！ (2021年7月19日 20時) (レス) id: 7499a18546 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：蒼 夢見子
| 作成日時：2019年12月5日 23時
