39 ページ39
息子さんが心臓移植をしなければならないほどの重症の心臓病だったということになると話が変わってくる。
俺は思わず携帯を取り出し、その場を静かに離れようとした。
けれど、次の石馬さんの言葉で身体が固まってしまう。
『…なあ、戸山さん。一緒に死んでくれへんか?』
何を言い出したのか、一瞬理解に手間取った。
《病院は元気になる為に来る所》なのだ。死ぬ為に来る場所じゃない。しかも道連れを探しに来る場所でもない。
『石馬さん、あんた…私を殺しに来たのか。』
少し猫背だが、高校まで野球をしていたというだけあって戸山先生はがっしりした身体付きだ。明るく子どもたちに人気の医師だと聞いたことがある。
以前に小児科の患者さんの症状でブリーフィングをしたことしかないが、その時は熱心なドクターに見えた。
だから医師という種類の人を信じる思いがまだ捨てきれなかったのだけど。今の戸山先生の全てを理解した上で嘲笑うような口調があまりに衝撃的で…俺は無意識に自分の上着の胸をキツく握り締める。
気持ちはすぐに切り替わった。
さっき取り出した携帯のアプリを起動しビデオの録画ボタンを押す。
『島さんは連れて行き損ねた。邪魔が入ったんや。代わりにあんた一緒に行こうや。』
一気に話が物騒な方向へと走り出していく。
これはマズいぞ。
…北山先生はまだかな。いや、警察に連絡するべきか。奥邑さんにも…。ビデオを撮りながら電話かメールってできるんだっけ??
だけど何故か2人とも落ち着き払った顔だ。話の内容と態度のちぐはぐさが気持ち悪いほどに。
『私もあんたと同じだからか?』
戸山先生の白衣が川からの強い風にたなびく。40代前半の割にかなり白髪の入った髪を片手で撫で付け、またポケットに手を入れた。
石馬さんは右手をポケットに入れて左手でジャージの襟をギュッと合わせ、寒さを跳ねのけるように頭をぶるっと一振りする。
『そや。おんなしように心臓病の子ども持ちながらもえらい状況はちゃうけどな。
あんたはようけの子どもたちの希望を握り潰したさけ、どうせ地獄行きや。俺かて俺のせいで息子死なせてしもた。一緒に地獄へ行ったるわ。』
『…娘の心臓移植費用を稼ぐ為だった。
だが海外とはいえ大人の心臓より子どものほうが手に入りにくいことには変わりない。どうせなら安く早く…そして1パーセントでも確率がある第三国を紹介するのも医師の務めだと考えた。』
『気持ちは分からんでもないけどなぁ…。』
43人がお気に入り
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:みあん | 作成日時:2023年2月26日 1時