白い祈り (ページ37)

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『はい、追いかけてます。勤務開始までまだ時間ありますから。』

川からの風が強い。火照った頬には心地良いが、携帯の音は聞き取りにくい。

《…そんな問題じゃねって！１人じゃあぶねっつってんのっ。今日、戸山さんのこと調べに前の勤務先ハシゴしててさ…この一緒にいる男って石馬って奴だろ？結構マズいんだよ。
俺も今病院着いたし、とにかくすぐ行くから待ってて。今何処よ？》

北山先生、夜勤明けで戸山先生のことを調べに行っていたんだ？寝ずに動けるなんてやっぱり体力の差か？俺のほうが歳下なのに。
じゃあ、尚更ちょっと俺が頑張ろう。

『病院の裏の土手です…あ、いた！…え？林の中入ってっちゃう……ちょ、一旦切りますね？』

《バカバカ！繋いどけ…っ。》

石馬さんがマズいとはどういう意味か考えもせずに、俺は着信音量を落としてから携帯を切りポケットに突っ込んだ。
階段まで回っていれば追いつかないので、転がり落ちそうなくらい急な角度の土手を草を薙ぎ倒しながら滑り降りる。

一級河川の土手から中の河川敷は、本来は国の直轄区域だが、指定区域なので普段は川が通っている都道府県の委託した管理財団が公園として管理している。
しかもただの公園ではない。この流域は古来から渡り鳥の群生地として芦や茅も大切に保護されており、自然生えの樹木も一定数残されている場所だ。もう少し下流に行けばかなり開けた芝生の公園になるが、病院は丁度その境の辺りで自然溢れる河川敷の林を眺める位置にあるのだ。

ただし言葉を変えれば、つまりは遊歩道を１歩外れると人間さえも姿を確認できないほどの背の高い草が生い茂る未整理の区画ということになる。

はたして、土手の上からでも視認できないような場所で一体何を話そうとするのか。
小児科の医師と循環器内科の患者では、入院してからの接点ではないことは明らか。

２人が消えていった遊歩道の手前で、ふと思い付いて鞄から眼鏡とニット帽を取り出して着けておく。変装というほどではないけど、まぁ一瞬見られたくらいでは分からないだろう。

…コレは伊達眼鏡だから、奥邑さんの眼鏡を買いに行く時に度入りのものを買ってみようか。最近ゲームとパソコン作業と携帯の漫画サイトが生活の基盤になっているから、かなり視力が落ちてきた。医者の不養生とはこのことだな。

遊歩道に入ってしばらくすると生い茂る茅の中から静かな話し声が聞こえてきた。
足音を立てないよう注意深く歩を進める。