白い祈り (ページ25)

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俺はディスプレイの前に座りコンピュータを立ち上げた。
４年前のカルテを開き、俺たちがそこに残した１人の女性の声を今へと引き摺り出してくる。

《美味しい餃子が食べたい》
《漫画読みたい》
《注射は嫌いなの》
《全部幸子のせいよ》
《もう相原エリを演じなくていいのね》
《私はもう充分に生きたから…》
《こんな病気で苦しむ子どもたちを救う為に寄付を》
《いつかあなたが治療法を見つけてよ》

１人で戦っていた人だった。
１人で愛に生きた人だった。
………俺は彼女との約束を守る為に此処にいる。

『周芳野先生、何を？』

きょとんとして俺のすることを見ていた奥邑さんが呟くように訊ねた。

『鹿島先生からのお題をカルテに訊いてみます。特に相原さんの言葉は、お世話係だった同期と２人で照らし合わせて思い出せる限りカルテに書き込みました。俺たちに《命の尊厳》という命題を突き付けてくれた人でしたから。彼女の生きた証を残したかったんです。』

『…《カルテに訊く》？…なるほどカルテに残る言葉ですか。カルテは身体だけでなく心からの手紙でもあるんですね。』

感心する奥邑さんの向こうから鹿島先生の声も聞こえた。噛み締めた奥歯の奥から漏れるような悲痛な声だ。

『何の意味も成さないさ。過去のカルテを見て未来に生かせることはあっても、その患者本人には取り返しなど効かない。』

そこで奥邑さんが鹿島先生を見る。

『……確かに。けれど、人はその後悔や口惜しさをいくつもいくつも抱えて生きるしかないんだ。
寝る前に思い出してしまっては、頭を振り払いお酒を飲んでなんとか眠る。そしてより良く対応する為の知識や技術をまた身につけて前に進む。
医師も刑事も…人間としても。
自分が存在することがいつか何かの、誰かの役に立つと信じて。
それこそ自分が傷付けた人への償いだと信じて。』

ハッとした。

奥邑さんも後悔をいくつも抱えて生きる人なんだ。
その中で逃げずに前に進むことを選んだ人。

……胸が痛んだ。抱き締めたくなった。

それから、奥邑さんは鹿島先生を椅子に座らせる。

『鹿島先生、謎解きゲームはこれで終わりにしましょう。キツイ言い方しますが、俺たちはあなたの過去の後悔に付き合っている暇はないんで。
周芳野先生が被害届を出す出さないに関わらず、もう彼を煩わせないで下さい。』

『……俺のしたことに比べれば罰はいくらあっても足りないさ。』

後悔で己を見失った男が自分を笑っている。