白い祈り (ページ20)

今日:4 hit、昨日:6 hit、合計:16,967 hit

20 ページ20

『彼女の本心が聞けたのは仲間が…同期の研修医が透析に来る彼女の妹さんと彼女を繋いでくれたからこそです。実名の姓が変わっていて…でも、普段からしっかり患者さんと向き合ってきたアイツだからこそ気付けたのだと思います。』

鹿島先生の身体がどんどん近寄ってくる気がして、俺はどんどん隣の北山先生の方へと気付かれないようににじり寄る。

『確か、重症のⅠ型糖尿病の妹さんを助けるには腎臓移植しかない。自分を広告塔にして事務所が募ったクラウドファンディングの資金がどうしても必要だったと聞いた。彼女自身は最初から海外に移植を受けに行くつもりはなかったと…。』

『いえ、資金は寄付に回されました。自分の腎臓を妹さんに移植する分はご自分の生命保険で足りたと聞いています。我儘に振る舞っていたのはその意志を隠す為。
家族を事務所のゴタゴタに巻き込みたくなかったのでしょう。
俺より若いのに……とてつもなく凄い覚悟を持った女優さんでした。』

彼女たちが移植という術に頼らねばならない時、俺たち医師に何ができるかは分からない。
けれども、俺はあの時に思った。
もっと早く彼女の意志に気付いていれば。
もっと早ければ、孤独と迫り来る死の恐怖を少しは和らげることができたのではないか。
せめて家族と最期のひと時を穏やかに過ごさせてあげたかった。

………俺と父さんのように。

だから俺はこの科を選んだ。
生きる希望と死への不安を抱く人が多いココで、医療と患者の橋渡しをしたい。
そしてできるなら、その不安や恐怖を丁寧に取り除きたい。

それもまた医師の仕事だ。

『…ふぅ〜ん。その気持ちを読んでいたのか。やはり君は素晴らしい天才だ。こんな診療科では役には立たないけどね。下林先生が絶賛していたからどんなことかと思ったが。ホスピスの方が合っているんじゃないか？』

……グサリと一手刺された。

『だから《患者の顔を読む天才》だなんて畏れ多いんですって！本気にしないで下さいね。』

内心は泣きながらそう笑ってみせる。
すると更に彼はぐいっと身体を寄せてきた。

『……でも、君は僕を救えるかもしれない。僕を読んでくれないか？…この後、２人で飲みに行こう。』

『はい？？』

酔ったフリをした鹿島先生が俺の肩に頭を凭れて耳許に囁いてくる。

『僕の罪を暴いてくれ。きっと君なら僕を愛してくれる。』