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《おばあさま》は浅葱色の上着に付いた血を払いながら、鼻息荒くぼやいていた。

『ったく、やめてよ!このスーツ、結構高いのよ?シミになっちゃう。』


…………血が流れた。

俺の乗る機で人の血が流れたのだ。
その衝撃に俺はしばらく言葉を失った。


『…クソッ!』

だが、鞍田くんが先に立ち上がり、今にも彼女に殴り掛かろうとするのに気付いて、思わず胴に抱きついて止める。

『ダメだっ。鞍田くんにはしなければいけないことがある。…助けてくれてありがと。でも、ココから先はお互いがやるべきことをしよ?』

『やるべきこと…。』

『君は飛行機を安全に管理して飛ばすんだ。俺はこの機への安全阻害行為に対応する。』

鞍田くんは俺の顔を唖然として眺めた。

『……遼さん。』

『早く戻って。頼む。君の仕事はコックピットから俺たちを守ることなんだ。パイロットは何百人ものお客様と俺たち乗務員を。俺たち乗務員は何百人ものお客様とパイロットを守る。
1度飛んだからにはその仕事を放棄することは許されない。
頼むから戻って飛ばしてくれ。俺たちは1人じゃ飛べないんだ。』


俺の必死の願いに、鞍田くんは息を飲んだ。
《おばあさま》は短いナイフ片手に、ニヤニヤとこちらを眺めている。

『こうなったらハイジャックも楽しそうね。私の名に箔がつく。日本政府は幾ら出せるかしら。』

『日本はハイジャックに身代金を出さないんです。関係各企業にも禁じている。二番煎じは御免なんでね。』


1度ハイジャックやテロ行為をする者の要求を飲めば、それを見た者たちが同じことを繰り返してくる。つまりはその繰り返される犯罪の分、命を脅かされ苦しみ哀しむ国民が更に増えることになるからだ。

機内の迷惑行為も同じこと。
1度迷惑行為を見逃せば、同じことが繰り返される。
……もう迷わねー。


俺は立ち上がり、鞍田くんとコックピットのドアの前に立ちはだかった。

『……鞍田くん、無事に着いたらご飯行こ。このお礼もこないだ逃げたお詫びも込めて奢らせて?』

《おばあさま》から目を離さずに囁くと、鞍田くんはそっと俺の背中に手のひらを触れた。


『遼さん…あの時、なんで逃げたんですか?』


…ワァオ。今それ訊いちゃう?訊いちゃうかぁ。


『……君に…恋しちゃいそうだったから。』


死ぬかもしんない。だから、正直に言った。
彼の温かい指が背中に少し食い込む。


『…俺はとっくに恋してます。着いたら、必ず一緒にご飯……約束ですよ?』

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作者名:みあん | 作成日時:2022年9月13日 7時

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