42 言の葉 ページ42
「……A」
気付いたら彼女の名前を呼んでいた。顔をあげられない俺をどうか許してほしい。
この好意は確かなものだろう。度々大先生の部屋から出てくる彼女を見て間違いなく分かった。胸の内に広がるどす黒い感情。形容するなら、嫉妬。あの顔は大先生にも見せているのか。
彼女に好意を伝えてしまえば、彼女は困惑するだけだろう。最悪二度とここに来なくなってしまうかもしれない。それだけは避けたかった。
俺の夢心地のせいにして呼んだ名前に、Aは答える筈となく扉を静かに開けて出て行った。
「……A」
もう一度名前を呼んでみても、辺りはいつもの煙草の香りがするだけだった。
_____
あれから大先生と何回か話して出した結論は、直接何故こうなってしまったのか聞くということだった。世間話をするまもなく体を重ね、起きる前に部屋を去っていたのだから、まずそんな時間を確保できるかが不安だった。
いつも通り、部屋をノックする。どうぞといつも通りの返事。恐る恐る部屋に入る。煙草を持ってベッドに座っているのは、当初からなんら変わりはない。彼の方に足を進める。彼の前に立てばいつもぐっと腰を掴まれキスをするのが長い夜の始まりの合図。
でも今日はその前に、話すことがある。
いつものように前に来ない私を不審に思ったのだろう、彼は顔を上げ訝しげに此方を見た。
「……少し、お話しませんか」
震える唇を開けば彼は一瞬迷ったような顔をしたが、煙を吐ききるとええで、と一言呟いた。ベッドから立ち上がった彼はソファに場所を移した。半分隙間を空けているということは隣に座れということだろう。遠慮がちに腰を下ろす。
「……私に何かあったなら、教えて下さい」
流れる沈黙。私には辛い静寂だった。
「……何かしてしまったなら、すみません」
膝の上でギュッと握りしめた手が震える。
「ちゃうで。別に、元々そういう話やったやん？」
その言葉は残酷すぎるもので。氷のような言葉は容赦なく私を刺す。
「お前はお金が欲しくて、俺は自分の欲を満たす。ハレムってそういうもんやで。利害関係の一致やん」
伏せていた顔を上げる。彼の顔は何も読み取る事ができないほど無表情だった。そこにはただ整った顔があるだけだった。
「……っ冷たい、人ですね」
半ば捨て台詞のような言葉に、コネシマさんはピクリと肩を震わせた。私が部屋を出て扉を閉めようとした時、最後に見たのは彼の酷く悲しそうな顔だった。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 481人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
あん(プロフ) - 不如帰さん» ありがとうございます！某歌劇団、大好きでございます。その作品に、衣装など結構特に影響受けております…！引き続きよろしくお願い致します。 (2019年8月15日 23時) (
レス) id: eef50a65da (このIDを非表示/違反報告)
不如帰(プロフ) - 初コメ失礼いたします、とても素敵なお話に思わず引き込まれてしまいました…！！某歌劇団の中にこんな雰囲気の劇があって、もしやご存知！？なんて思いながら世界観に浸らせていただいております。2と3の公開も楽しみにしています、乱文失礼いたしました。 (2019年8月15日 23時) (レス) id: 0ebc123a21 (このIDを非表示/違反報告)
理香(プロフ) - 初コメ失礼します、別作品の方も愛読してます、そこでこちらの作品が読みたくなりきました。また�供↓靴諒�が近日公開と聞いてとても楽しみです！前に最後まで読みましたが、また読めるのが嬉しいです！公開待ってます。長文、乱文失礼しました。 (2019年8月15日 19時) (レス) id: 1bf6bc5ed8 (このIDを非表示/違反報告)
桜狼■坂田家(プロフ) - あんさん» 了解です！公開されるまでお待ちしてます。頑張ってください！ (2019年8月15日 17時) (レス) id: 4178eea38c (このIDを非表示/違反報告)
あん(プロフ) - 桜狼■坂田家さん» すみません、2と3はまだ編集途中で、意図的に鍵をかけています。近日中には公開致しますので今暫くお待ち頂けると幸いです。 (2019年8月15日 17時) (レス) id: 2a14f29560 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
