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迷っている私の傍らで、ごそごそと帰り支度を済ませた男性客が、
「ご馳走様」
と慧さんに声をかける。
慧「はーい、ありがとうございます」
「これも貰おうかな」
レジ前にさりげなく陳列されていた、小さな袋に入ったハーブティーの茶葉を差し出す彼に、
慧「奥さんにっすか？」
やわりと笑いかける慧さん。
「まぁね。…慧君さ、相変わらずモテるね」
慧「えーっ、んな事ないっすよ〜。んじゃ、1650円でぇす」
軽く交わされる会話も、この狭い店内では筒抜けてしまうのだ。
モテる、っていうのは 多分さっきの女の子達のことで、
相変わらず ってことは、ああいうのは日常茶飯事なのかもしれない。
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そんな事を考えているうちに男性客は戸をくぐり
いつの間にか、店内には私と慧さんだけになってしまった。
．
慧「決まった？」
後ろから覗き込むように、私の前のテーブルに軽く片手をついた慧さん、
やはり美しい手の造形に視線を奪われる。
A「あ……え、と。はちみつルイボスティーで」
慧「はぁい、ちょっと待っててね」
．
くるっ、とキッチンに足を向けた慧さんが、
慧「ゔおっ、！」
と顔に似合わない声をあげる。
彼の足元には、これまた猫が
黒猫が居た。
慧「もぉ。踏んずけそうになったじゃん」
照れ隠しのように笑って私を振り返った慧さんの視線が、私の掛けるテーブル下の茶トラ猫に向けられる。
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慧「そいつは味噌」
A「み、味噌？」
慧「そ。で…こいつがワカメ」
と、足元の黒猫を顎先で指す。
慧「それからあれが豆腐」
A「……豆腐、」
彼の長い指先が指す方向、本棚の上の影に溶け込むように、白い猫が居た。
なんと個性的な名前たち、
だけど、何だか気に入った。
慧「ちなみに珍しいんだよ。味噌が近くに人来ても逃げねえの」
A「そうなんですか……！」
素知らぬ顔で香箱座りをする味噌に、キュンと愛おしさが湧いてくる。
慧「後悔してんの。店の名前さ、味噌汁にすりゃー良かったなって」
A「はぁ……」
本当なのか冗談なのか分からないことをこぼしながら慧さんが入っていったカフェカーテンの向こうからは、甘い匂いが漂い始めている。
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作者名：まひろ | 作成日時：2023年4月29日 19時
