いってらっしゃい!-izw ページ39
7月某日。
今日は伊沢さんは首相官邸に呼ばれたとのことで、オフィスには来ていなかった。
首相官邸に呼ばれるなんて、よほどの頭脳と功績がなければ叶わないことだろう。
それはまさしく、彼の実力が政府にも認められたということに他ならない。
皆もいつも通り作業をしてはいたものの、どことなくソワソワしていたり「伊沢さんもう到着したのかな?」なんて会話をしたりしていた。
我らがCEOがこの国の首相に謁見するということを、誰もが誇らしく思っていたに違いない。
「さすがに今日は伊沢も遅刻しないよね」
なんてふくらさんが冗談を言って、作業部屋が皆の笑い声に包まれた瞬間。
ガチャリと玄関ドアが開く音が聞こえてきた。
その場にいた全員が一斉に音のした方へと目を向けると、なんとそこには絶対にここに来ないはずの彼が現れたのだった。
「おっす」
素敵なスーツに身を包んだ彼が呑気に挨拶をするが、誰一人としてその挨拶を返すことはなかった。
「なんでいるの!?」
「今日官邸行く日じゃ!??」
ふくらさんとこうちゃんが、目を丸くしながらほぼ同時に声を上げる。
すると彼は、
「あーまだ集合時間じゃないから。と言っても結構ギリだけど」
と余裕綽々の表情を浮かべていた。
こんな時まで時間ギリギリなのか…と皆が呆然としていると、
「うっかりして発表資料ここに忘れちゃって」
と彼は自席に置いてあった複数枚の紙の束を手に取った。
大事な資料のはずなのに忘れることがあるのか…とさらに皆は呆然とし続ける。
まぁ伊沢拓司という人間ならそれもあり得ない話ではないな、という一同の共通認識が生まれた後、ふと私はあることに気がついた。
バッチリとスーツを着こなしているのにも関わらず、彼がネクタイをしていないことに。
すると彼は、ゴソゴソとジャケットの内ポケットからストライプのネクタイを取り出した。
「夏にネクタイはきついなー」
そう言って苦笑いをする彼と、それを眺める私の視線がバチッと合ったことにお互いが気づいた。
そして彼はなぜかニヤリと口元に笑みを浮かべ、まっすぐな足取りでこちらへとやって来て。
「Aちゃん、結んでくれる?」
その言葉とともに彼は手に持ったネクタイを私の方へと差し出した。
え、と間抜けな声を漏らす私を、彼はニコニコしながら見つめるばかり。
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作者名:Annie | 作者ホームページ:https://twitter.com/kmu_annie?s=09
作成日時:2020年8月5日 12時