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ここまで来ると彼が可哀想になってきたが、彼は反論しようとして口を開けては噤んで、開けては噤んでを何度か繰り返した。
おそらく今自分が劣勢の立場にいることに憚っているのだと思う。
結局反論することをやめた彼は、苛立ちが頂点へと達したのか、チッと小さく舌打ちをした。
『伊沢さん、CEOがそれは駄目です』
私が厳しめの声で注意すると、しゅんとあからさまに元気をなくした彼が今度は唇を尖らせたままチュッという音を発した。
それは舌打ちであってそうでない、限りなく舌打ちに近い何かだったのだが。
「おい、そうやって舌打ちしたと見せかけてAちゃんに投げキスすんのやめろよ」
という須貝さんのツッコミにより、それが舌打ちではなくキスだったということを知った。
彼にまだボケるだけの余裕があることに一先ず安堵したものの、打ち合わせが終わった後のことを考えれば楽観視はできなかった。
おそらく彼は今日が終わるまで超絶不機嫌のままのはずだ。
それは決して良いことではない。
どうしたものかと考えると、ここで私はふとあることを思い出した。
先日、伊沢さんて滅多に怒りませんよねと話をした時、
「怒ってどうにかなるなら怒るけど、世の中の大半のことはどうにもならないからね。でも、もし俺が怒ったとしたら、Aちゃんがギュッとしてチュッとしてくれればすぐに機嫌良くなるよ!」
とニコニコ顔だった彼。
そんなバカな、とその時の私はそれを冗談だと思っていたのだが、今はもうそれに縋るしかなかった。
スッと座っていた椅子を彼の方へ寄せて、そのまま身を乗り出した私は、彼の頬にそっとキスをする。
皆がいるのでさすがに唇にはできないが、これくらいならと勇気を出した。
会議室内が静寂に包まれる。
ゆっくりと彼の頬から唇を離せば、彼は絵に書いたようなぽかん顔をしていた。
『…伊沢さんが、不機嫌な時はこうしてねっておっしゃっていたので』
私がぼそりとその行動の理由を伝えれば、彼はぱあっという効果音が聞こえるくらい満面の笑みになって。
勢い良く席から立ち上がり、ガバッと私を力強く抱きしめた。
く、苦しい。
「すげぇテンション上がった!嬉しい!好き!」
と彼は公衆の面前で声高らかに愛の告白をして、呆然とする私を困らせたが、これで機嫌が戻ってくれたなら良かったと一つ息をつく。
子どものように単純な彼が可愛らしくて、その後私はその事件を思い出すたびにふふっと笑みを漏らしてしまった。
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作者名:Annie | 作者ホームページ:https://twitter.com/kmu_annie?s=09
作成日時:2020年8月5日 12時