. ページ20
あぁ、ついていない。
彼女の身体がどんどん冷やされていくことが心配すぎて、俺の胸には焦燥感が渦巻いていた。
『降られちゃいましたね』
苦笑いをしながら、乱れた髪を指先で整える彼女。
その髪から滴り落ちる水すら息を呑むほど美しくて。
思わずボーッと俺は彼女に見惚れてしまっていた。
「伊沢さん?」
その声にハッと我に返った俺は、ふと自分の髪に何かが触れているのを感じ取った。
気づければ彼女は俺の至近距離にいて。
鞄から出したらしいハンカチを手に、背伸びをして俺の髪を拭いてくれていた。
慌ててその手首を掴んだ俺は、
「俺のことはいいから。Aちゃんが風邪引いちゃう方が嫌だから、自分を拭いて」
と半ば声を大きくして言った。
彼女は目をパチクリさせた後、
『私は伊沢さんが風邪を引かれる方が嫌なんですけど』
とぽつり。
そうやって無意識に俺を優先させようとしてくれるのは本当に有り難いが、時としてそれは少し迷惑に近く感じる時もある。
まさに今はそれだった。
「いいから!」
と声を荒げながら彼女から可愛らしいハンカチを引ったくる。
俺はせかせかと彼女の髪やら腕やらについた水滴を丁寧に拭き取った後、未だ降り止みそうにもないどんよりとした雨空を見上げた。
すると。
俺はふと、彼女の方へと向き直る。
彼女は突然向けられた視線に首を傾げた。
ジーっとその胸元を見つめると。
…彼女の着ているブラウスが雨に濡れ、うっすらと下着が透けてしまっていた。
いやいやいや。
いくら彼女といえど、凝視しては失礼だ。
俺は自分の男の性と懸命に格闘し、なんとかそちらを見ないように努めた。
彼女は未だその事実に気づいていない。
本当にこの子は無防備だなぁと思いながら、俺は一つ息をつき、着ていた黒いコーチシャツを脱いで彼女に羽織らせたのだった。
その行動の意図にも彼女はまったく気づかないようで、
『別に寒くないですよ?』
とけろりと言ってのける。
ここまでして、まだ気づかないのか。
俺は顔を両手で覆い、押し寄せてくる絶望に苛まれた。
“透けてるよ”の5文字すら、今の俺に言う余裕はない。
「…そういうことじゃなくて」
せいぜいそれが精一杯。
彼女は怪訝そうな顔で俺を見上げている。
知らないぞ、と思いながら俺は勇気を出して彼女の胸元を指差した。
450人がお気に入り
この作品を見ている人にオススメ
「オリジナル」関連の作品
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:Annie | 作者ホームページ:https://twitter.com/kmu_annie?s=09
作成日時:2020年8月5日 12時