伊沢さんが出張に行く話。

伊沢さんが出張に行く話。9 ページ9

「ただいま」

不意に聞こえてきたその声に、ようやくそれがぴたりと止まる。

顔を上げれば、そこには会いたくてやまなかった彼の姿が。

私だけではなく、他の皆も驚いた様子を見せている。

なぜここに彼が？
明日帰ってくるものだとばかり思っていたので、その場にいる彼以外は目の前の光景を信じられなかったことだろう。

彼も泣いている私を見てその目を見張る。
震える声で『なんで』と呟けば、彼は真相を語り出した。

「講演は今日で全部終わりだったんだ。さすがに終わる時間までは読めなかったから、帰って来られなかった時のことを想定して、明日の5日目は予備日にしておいた。だから、遅くても明日の朝には帰って来る予定だったんだけどね」

思いの外早く終わってよかったよ、と彼は安堵の声を漏らすのだった。

つまり、元から仕事としては4日間の予定だったのだ。
おそらく九州、関西、東海と来て東京までの距離が徐々に近づいてきたため、移動時間が短縮され、今日中に帰って来られた。

頭では理解できていたが、それでもなおまだ彼が目の前にいることを信じることはできなかった。

未だ眉を下げたままの私に、彼は大きく一歩近づく。
その瞬間、何かを察したらしいその場にいた皆はそそくさとどこかへ行ってしまった。

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