第六滑走 沈黙を破るのは ページ9
耐え難い沈黙が続く。
お互いに俯いて話そうとはしない。
ヴィクトルが今どんな顔をしているかも、顔を伏せられていて分からなかった。
…僕は“ヴィクトル”って呼ばないんじゃなくて
こんな中途半端な僕が馴れ馴れしく彼の名前を呼ぶ事など出来るはずがない。
ズキンと胸が痛む。
僕だって、成りたくてこんな関係になった訳では無かった。
でも、結果として僕がヴィクトルを裏切ったのだ。
こうなったのは全て自分の責任なのだ。
…昔、僕は自ら今生きているこの道を選択をした。
その方が楽に生きれたから。
ヴィクトルとの思い出も何もかも忘れて、空っぽな心の方が何も考えずに生きれたから。
…なのに、なんでこんな気持ちになる?
彼の顔を見た瞬間、捨てたはずの過去が蘇る。
何故?
僕には何も残っていないのに。
…いっその事、こんな気持ちも昔の記憶と共に
…何度考えても、結局は思考が
…ヴィクトルはまだ無言のまま。
そして勇利はこの状況をどうしたらいいものかとオロオロしていた。
そんな空気を破ったのは、僕のカツ丼を持ってきた寛子さんだった。
「Aちゃん、カツ丼できたよ〜」
ニコニコとした笑顔で、出来立てのカツ丼を僕の前へ置く。
「ほらほら、座って。
冷めないうちに」
「えっと…
ん、ありがとう」
寛子さんの優しさを断れる訳もなく、僕は半ば無理矢理に座らせられる。
ヴィクトルのちょうど向かい側にあたる場所の、勇利の隣へと座る。
…前は見れない。
「いただきます」
僕はなるべくこの状況を早く終わらせたいのもあって、早速箸を持ち、カツ丼を口へと運ぶ。
「どう?今日のカツ丼の味は」
勇利が尋ねる。
勇利もヴィクトルと同様、先程までカツ丼を食べていたのか、彼の前にはカラになった丼が置いてある。
僕は口の中に入っているカツ丼を飲み込んで答えた。
「うん、いつも通り最高。
僕もカツ丼久々だから尚更ね」
「そうなの?
僕だったら毎日でも食べたいのに」
「ははっ、流石勇利。
でも、その体型じゃちょっと考えなきゃじゃない?」
「う、うん…ソウダネ←」
と冷や汗をかきながら答える勇利。
昔よりも柔らかそうなお肉がお腹周りに付いているが、それを勇利は必死に隠そうとする。
…なんだかそんな勇利が面白くて、ついつい僕も笑顔がこぼれた。
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作者名:樹乃 | 作成日時:2016年11月5日 23時