第五滑走 彼との再開 ページ8
…最悪だ。
僕は部屋に入った瞬間そう感じた。
…挨拶だけでもと思ってたのが間違いだった。
「ええっと…」
言葉を濁す。
本当は今すぐにでもこの場から逃げ出したかったが、そうにも行かずに立ちすくむ。
「A、おかえり!!」
と、僕の心情を察してくれない勇利が、元気よく声をかける。
「…た、ただいま。
…ってか、勇利こそおかえり」
「なんかあった?
…元気ないみたいだけど」
えぇ、めちゃくちゃありました。
とゆうより、今、この状況が嫌なんです。
とりあえず、一旦自室へ戻ってもいいですか…
そんな僕の心の叫びも虚しく、この状況の元凶ともいえよう、勇利の隣でカツ丼を黙々と食べている彼がこちらを振り向いた。
「…っ!!」
目が合う。
彼の澄んだ瞳が大きく見開かれ、僕を捉える。
…先程の僕と同じような反応。
「…A?」
そう小さく、僕の名前を呼んだ。
しかし、勇利にその声は聞こえなかったようで、お互いに無言になっている僕達の状況が理解出来ていないのか“え、え?”と慌てている。
…彼のその声を聴くのは、何年ぶりだろうか。
声変わりのせいで記憶とは全く異なるその声。
しかしどこか面影が残るその声は、僕にとっては、心の片隅に追いやっていた思い出したくない記憶を呼び戻す一つの大きな衝撃となる。
僕はこの状況になんと答えればいいのかわからずに俯くが、そんな僕の無言を肯定と捉えたのか、今度ははっきりとその言葉を口にした。
「…Aだよね?」
そんな彼に勇利は“え、知り合い!?”と叫んだが、僕と彼との間に立ち込める重たい空気を読んだのか、それ以上突っ込んでこようとはしなかった。
「…だったら何?」
ぶっきらぼうに言葉を吐き捨てる。
その言葉がきっかけとなったのか、今まで無言の僕の口からスラスラと言葉が出てきた。
「ってか、なんで
僕にはもう関係のないことなので。」
我ながら、冷たい言葉だと思ったが、それくらいもう関わりたくなかった。
僕はここに住むただの一般人だ。
フィギュアもスケートも何も関係ない、ただの人。
そんな僕と彼に、何があるといえよう。
僕のそんな態度を見て、一瞬彼の瞳が揺れた気がした。
「…もう“ヴィクトル”とは呼んでくれないのか」
そう言った彼の声はとても悲しそうに聞こえた。
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作者名:樹乃 | 作成日時:2016年11月5日 23時