第二十六滑走 初耳 ページ29
「え、何それちょっと待って。
聞いてない!」
「だって今初めて言ったもん」
待て待て待て。
いきなりぶち込まれた弾丸に対応が出来ない。
ミナコさんは一緒に本番_温泉onICEを見に行くって言ったのか?
…僕と一緒に?
まさかと、僕は呆気に取られる。
…というか、ミナコさんの年齢で『言わなかった
これ以上は辞めておこう←
「…何故に?」
「何故って勇利の演技が間近で見れるからに決まってるでしょ!
それにアンタ生で見たことないんだしいい機会じゃない」
もう決定事項だと言わんばかりにビシッと指を指して言うミナコさん。
その気迫だけで押されてしまいそうな勢いだ。
というか、いつも通り押されている。
だが、僕もこの件に関しては引かなかった。
案外、僕の心は落ち着いていて、頭も冷静だった。
「…すみません。
僕は行かないです」
「はぁ!?」
グイグイと僕の胸ぐらを掴みかかりながら突っかかる。
そりゃあそうか。
彼女が言うように、僕は勇利の滑りを生で見たことがないし、そう言えば、TVで観戦していた時にはミナコさんと2人でいつか観に行こうと約束したような気もする。
そういう時ミナコさんは大抵酔っ払っているし僕も適当に返事しているところがあったから、まさか本当に行くという話が出ることは予想していなかった。
僕の“行かない”という後ろ向きな態度に、ミナコさんは理解できないと顔を
「アンタ、折角勇利の演技見れるチャンスなんだよ?
しかもこのチケットだってなかなか手に入るもんじゃないのに!!」
「…お心遣い、本当に嬉しいですけど…やっぱり僕には無理だなって…」
約束を果たせないという罪悪感と断ることの後ろめたさに、段々語尾が弱々しくなっているのが自分でも感じた。
それと同時に、僕の胸ぐらを掴んでいたミナコさんの手がゆっくりと離れていくのも。
「…そう、わかった」
ミナコさんはまだ何か言いたげな表情をしながらも、あっさりとそう言った。
何故、僕が頑なにフィギュアを拒むのか。
その理由をミナコさんも知っていた。
だからこそ、彼女はあっさりと了承せざるを得ない。
僕はそれを分かっていて言ってしまうのだから、なんともタチが悪い。
「でも、もし行きなくなったらいつでも言いなさい。
チケット取っとくからさ」
「…ありがとうございます」
僕はボソリと呟くことしかできなかった。
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作者名:樹乃 | 作成日時:2016年11月5日 23時