第二十三滑走 約束 ページ26
そんな努力家のAを知っているからこそ、先ほどまで一緒にいた
忘れるはずのない彼の顔もげっそりとやせ細って、自分にとっては決していい香りとは言えない、あの鼻の奥がヒリヒリするような煙の匂いがした。
単純にAには似合わない香りだと思った。
きっとあの表情と言動からしてもうスケートはやっていないのだろう。
…なんでこんなふうになっちまったんだよ!
本当はそうAを問いただしたかった。
…でもできなかった。
“もしかして、あの伝説のスケーターのAか?”
そうオレが思わず叫んだ時のAの顔。
…なんで、あんな顔すんだよ。
今にも消えそうな、零れ落ちそうな、そんな表情だった。
…なんにも言えなくなるだろ
今まで何してたのか、今何をしているのか。
問いただしたい事は山ほど有るのにそのどれもが喉に詰まって吐き出せなかった。
そんなオレを見てか、Aは寂しそうに笑った。
まるで『ごめん…』と誤ってるようだった。
…意味わかんねぇよ
「クソっ…」
オレはそこにあるでっかい塊を思い切り蹴りあげる。
ダッサイ眼鏡に自信なさげな表情…
それだけで、GPファイナルにこいつがトイレの個室で女々しくメソメソ泣いていたのを思い出して益々腹が立った。
「ユ、ユーリ・プリセツキー!?」
カウンターにぶつかって変な格好のままソイツは驚きの声をあげる。
…本当はその間抜けな顔にもう1発御見舞してやりたいところだったが、ぐっと堪えて「ヴィクトルは何処だ」と尋ねる。
すると「ユーリ!!」と聞き慣れた_だけれど久々の、オレがここへ来た目的の人物の声が聞こえた。
ヘラヘラっと笑って近づき「ユーリも日本に来たの?」と笑うコイツ_ヴィクトル・ニキフォロフのそんな軽い態度は俺の神経を逆撫でた。
「おい、ヴィクトル!
約束、まさか忘れてるんじゃねぇだろうな!?」
…マジかよ。
…まさかとは思ったけど。
「はぁ…」
本日何度目かわからないため息が出る。
コイツ本当にオレとの約束忘れて日本で勝手にコーチやり始めるとか…やりたい放題すぎるだろ。
日本でこんな豚の世話なんかしてないで、早くオレにプログラム寄越せよ。
…絶対にロシアに連れ戻してやる。
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作者名:樹乃 | 作成日時:2016年11月5日 23時