哀しみの共有 ページ39
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深呼吸をした。
とにかく早く、一刻も早くだれか見知らぬ男に出会って、自分本位に抱き合いたかった。
次の信号で車が停まったら、降りよう。
動悸の走る胸を押さえて、また、深呼吸。
「いま、執筆中の話とかあるん?」
ふいに彼が、つぶやくように言った。
ちょうど音楽が途切れた、その瞬間だった。
車体が減速して停まる。
交差点の赤信号。
ハンドルから手を離し、彼は振り向いた。
振り向いて、そして微笑ったそのひとみから――――わたしは、視線を逸らせなくなった。
おなじ目を、していた。
生み出すものにしかわからない苦しみ。
繊細がゆえの、哀しみ。
それらをすべて、分かりきった目を。
現実と夢の狭間には、洞穴がある。
この世界とあの世界の狭間に浮かぶ、実体の無い空洞の世界――――そのぽっかりと口を開けた黒い闇の世界に、自らの意識を投じることができるひと。
彼とわたしは、そういう人間なのだ。
絶対に重ならなくても、根本は似ている。きっと。
信号が青に変わった。
「………………いまはない」
わたしは言い、また窓の外に目を向けた。
彼は「そっか」と応え、ハンドルを握り直し、ゆっくりとアクセルを踏んだ。
車はまた、滑るようにアスファルトを動き出した。
奇妙だ。
わたしは何をしているんだろう。
混乱しながら、でもあの発作にも似た衝動がおさまっていることに気づく。
このまままっすぐ家に帰りたいと思った。
やり場のないからっぽな虚無感は、すうっと溶けるようにどこかへ消えてしまった。
だれかに求められて逃避することでしか、傾いた心の安定は取り戻せないはずなのに。
「……ねえ」
「ん?」
「おなかすいた」
ふは、と。
たのしそうに吹き出す声がした。
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べに(プロフ) - 516516516tさん» こちらのほうも…!本当にありがとうございます(T T)双子とはまったくテイストが違いますが、これからもよろしくお願いいたします! (2018年9月28日 0時) (レス) id: c68c31e30a (このIDを非表示/違反報告)
516516516t(プロフ) - 双子と共にこちらも読んでいます! (2018年9月26日 21時) (レス) id: 06c5e90194 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:べに | 作成日時:2018年9月11日 21時