煙草と香水と喉の渇き ページ38
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はっとしたようにこちらを見上げる彼は、まるでわたしが本物かどうかたしかめるみたいに、しばらくの間じっと視線を逸らさなかった。
煙草のにおいがする。
あと、香水の。
このひとはいつも何かのにおいを身にまとっている。
黒いマスクと前髪の狭間で、ふたつの目がきらきらと光っていた。
「……A」
「…………」
「ごめん、俺……」
エンジンを切っているせいで車内は無音だ。
一瞬俯いた横顔が、闇に沈んだ。
わたしは黙っていた。
黙って、それで、喉の渇きも忘れて彼のようすを見つめていた。
ふいに顔を上げた彼は、目尻をほころばせてふうわりと笑う。
「……乗って？」
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車は夜の街を走った。
彼は片手でハンドルを掴み、わたしはその斜め後ろで、ぼんやりと景色を眺めていた。
「飯食うた？」
どこかで聴いたことのあるアーティストの歌声、爽やかな音楽に混じって、彼の声が漂う。
「……おなか空いてない」
「そっか」
お酒が飲みたいの――――口に出すつもりもない言葉を心でつぶやき、歩道を流れる人々を見る。
行為がしたい。
でも、もうこれ以上この男とはしない。
だらだらと引きずって関係が続いていくことを、わたしは何より一番にきらっていた。
華やかできらびやかな東京の街は、しかしどうしてこんなにも淋しく見えるのだろう。
「今日な、おーくらと映画行ってきてん」
彼が言う。
バックミラー越しの視線は、しかしすぐに前へ向き直る。
「知っとる？大倉忠義。メンバーやねんけど」
「……ドラムの人」
「そうそう。よう知ってるやん、もしかして俺らの顔と名前みんなわかるん？」
「……知り合いが、好きだから」
麻結のことが頭をよぎった。
休日のリビング、お菓子を食べながらDVDを見つめるソファの上の横顔。
「へ〜。だれのファンやろ？」
「…………さあ」
おでこを窓につける。
ひんやりとした感触が、車の振動とともに伝わった。
目の前の歩道を、腕を組んで歩く男女。
「映画おもしろかったわあ」
「……よかったね」
「A、映画好き？」
ガラスが息でくもる。
「……現実に帰ってこれなくならない？」
「え？」
「映画とか本とか、好きじゃない」
「…………ふうん」
たまに、あるのだ。
こうしてわけもなく泣きそうになること。
「感受性が高過ぎるんやな」
やさしく笑う彼の声が、遠くにきこえる。
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べに(プロフ) - 516516516tさん» こちらのほうも…！本当にありがとうございます(T T)双子とはまったくテイストが違いますが、これからもよろしくお願いいたします！ (2018年9月28日 0時) (
レス) id: c68c31e30a (このIDを非表示/違反報告)
516516516t(プロフ) - 双子と共にこちらも読んでいます！ (2018年9月26日 21時) (レス) id: 06c5e90194 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：べに
| 作成日時：2018年9月11日 21時
