たのしくない興夜 ページ4
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宣言通り17時過ぎに迎えにきた麻結は、今度は運転席ではなく、助手席に座っていた。
艶々と黒く、大きな車。
有名なエンブレムの付いた、左ハンドルの。
わたしはため息を呑み下し、車に近づく。
「……お久しぶりです、斎木さん」
「こちらこそ。ご無沙汰しております、お姉さん」
自分より歳上の男に、お姉さん、と呼ばれることにはいつまで経っても違和感が拭えない。
某企業の御曹司で、次期CEOとの名が高い彼は、麻結の現在の恋人だった。
ふたりは食事会で出会ったという。
わたしの妹は常々、だれもが羨むような恋を我が物にする。
「渉ってば、ずっとお姉ちゃんに会いたがってたんだよ」
「……そうなんだ」
高級外車の車窓越しに見る景色は、しかし特別でもなんでもなかった。
夕焼けに燃える東京の街。
春は、こんなにも日が長かっただろうか。
会場となる老舗高級ホテルで、斎木が用意した貸切のドレスルームには、柔軟剤だろうか、フローラルのいいにおいが立ちこめていた。
「麻結はあいされてるね」
わたしは彼女のドレスを見立てながら、言った。
目の前で、美しい顔がおどろいたように目を丸くした。
どうしたの、と首をかしげる、陶器のような頬に髪がかかる。
「べつに。ただ思っただけ」
「なにそれ、お姉ちゃんってほんと唐突だよねえ」
淡いさくら色のぴったりしたドレスはやけに色っぽく、大人びた麻結にとてもよく似合っている。
「んー……ねえ、こっちの水色とどっちが麻結っぽいかな?」
大きな目。
細い鼻梁。
厚ぼったい唇。
滑らかな肌。
まるで人形のような姿形。
彼女はいわゆる絶世の美女だった。
生まれてこの方、わたしはわたしの実妹よりもきれいな女を見たことがない。
「……ピンクのほうかな」
「じゃ、そうする!」
時折、わたしはその肌に噛みつきたくなる。
自分にはない陶器のような肌、その美しく細やかな妹の肌に、時間をかけてじっくりと傷痕を刻みたくなる、そんな衝動。
「お姉ちゃん、せっかく色白なんだから……この赤いやつとか絶対似合うと思うんだけど」
「いいの。これで」
鏡のなかに映るわたしたちは、まるで別々の生きもののように思える。
麻結を包むのは明るい桜、わたしを包むのは、夜の闇よりまだふかい深海のような黒だ。
わたしが妹に優っていることといえば、
肌の白さと、個性、
――――創造力、くらいだろう。
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べに(プロフ) - 516516516tさん» こちらのほうも…!本当にありがとうございます(T T)双子とはまったくテイストが違いますが、これからもよろしくお願いいたします! (2018年9月28日 0時) (レス) id: c68c31e30a (このIDを非表示/違反報告)
516516516t(プロフ) - 双子と共にこちらも読んでいます! (2018年9月26日 21時) (レス) id: 06c5e90194 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:べに | 作成日時:2018年9月11日 21時