無防備なからかい ページ28
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この前とおなじ流れだった。
指定されたバーはとある高級ホテルの地下にあり、そこへ向かうと、まだあのひとは来ていなかった。
あたたかみのあるオレンジの間接照明が効いた、ゆったりと広い空間。
客はまばらで、隅に置かれたグランドピアノが存在感を放つ。
わたしは仕方なくカウンターに座り、注文を告げた。
「ブルー・ムーンをお願いします」
アルコールのつんとするそれをすこしずつなめていると、ふいに『いらっしゃいませ』とおだやかなマスターの声が響き、同時に彼が現れた。
彼はわたしの所在に気づくと満面の笑みを見せ、それからさらりと、
「ブルー・ムーン。もらえますか」
まるでそれが待ち合わせの合図とでも言うように、注文を告げた。
その唇が一瞬、わたしの耳に寄せられる。
すれ違いざまに、スマートに。
「こっちおいで」
わたしはグラスを煽り、カシスオレンジください、とマスターに告げてから、席を立って彼の背中を追いかけた。
片隅のボックス席で、そのひとはわたしを待っていた。
じっとこちらを見つめるその姿を、すこしだけ観察してみる。
顎のライン、鼻の形、浮き出た首筋、鎖骨。
身体つきは決して大きくないが、しかしつくりは何もかもが男だった。
彼は笑って、対面に腰を下ろそうとしたわたしの腕を引き、となりに座るよう促した。
ちょうど良いタイミングで、彼の青い酒とわたしのひだまり色のそれが運ばれてくる。
恭しく頭を下げるマスターの、黒い蝶ネクタイ。
「古着?かわいい服着てるな」
薄暗いのをいいことに、彼はわたしの髪を触りながら言った。
恋人にするような、まどろこしい手つきだった。
まるで今日この瞬間までずっとこうしたかったのだと、そう訴えているみたいに。
「こんな短いスカートで授業してるん?」
「着替えてきただけ」
「ふうん……な、ほんまにセンセなん?生徒やないよな?」
「……ばかにしてるの」
あは、ごめんてぇ
そう言う横顔は少年のようにけたけたと笑っている。
わたしはずり上がったスカートの裾を引っ張る。
淵に果肉の突き刺さったグラスを傾ける。
「それ、オレンジジュース?」
笑みをこらえたようすで顔をのぞきこむそのひとみを睨みつければ、彼はまた「ごめんてぇ」と甘ったれたように言い、その青い液体を勢いよく喉に流し込んだ。
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べに(プロフ) - 516516516tさん» こちらのほうも…!本当にありがとうございます(T T)双子とはまったくテイストが違いますが、これからもよろしくお願いいたします! (2018年9月28日 0時) (レス) id: c68c31e30a (このIDを非表示/違反報告)
516516516t(プロフ) - 双子と共にこちらも読んでいます! (2018年9月26日 21時) (レス) id: 06c5e90194 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:べに | 作成日時:2018年9月11日 21時