あなたと私、ときどきあの子。【やすば】 (ページ36)

今日:12 hit、昨日:4 hit、合計:77,015 hit

その恋は凶器。ページ36

∴

｢...お前、自分が何言うてるか分かってんのか｣

嵐は突然やってくるとは聞いていたけれどこんなにも急だとは思わなかった。

奴らは前触れどころかカラッと晴れた天気のいい日に雷を落とす。

俺の指先は冷たくなってやっとの事で口から出た声は鳥のさえずりや葉の揺れる音にすら掻き消される程小さい。

｢うん｣

それでもちゃんと聞き取ったヤスは耳がいいらしいともう1人の自分が言う。

やけに客観的にこの場を理解しようとするのは物事を受け止める器量がない時の人の性だ。

てっきり男二人の話し合いかと思っていたこの場にいるのは、俺とヤスと栗色の毛の幼馴染。

いつも俺の視線と注意を掻っ攫っていくはずの彼女の存在も今は意味をなさない。

ヤスを見る俺の瞳は震えていただろう。

恋は盲目なんてそんな甘いもんじゃない。

彼らの恋は凶器になりうるものだった。

｢...すばる？｣

柔らかい声が鼓膜を震わす。

ずっと恋焦がれていた声も今は耳を塞いでしまいたかった。

ゆっくりそちらに目を向けると淡いピンクに染まった唇がキュッと真一文字に結ばれている。

きっと彼女の判断に俺が怒ったと思っているのだろう。

そんな彼女のちっぽけな決断よりも俺はこの、目の前の男に全てを持っていかれていた。

｢お前、｣

｢ちゃんと俺からAには言うから｣

それが解決策になると思っているこいつはやっぱり事の重大さを理解していない。

だってその決断は、

｢今日のバンド活動から、この子を俺らのドラムに迎えたいねん｣

彼女の今までの努力を、音楽への誓いや、熱の全てを奪ってしまうものじゃないか。

｢...それはアイツを捨てるってことやぞ｣

震える声でそう言うとヤスの顔が歪んだ。

そのたった少しの歪み程度のものなのか。

暑い夏の日も、寒い冬の日も全てを音楽に注ぎ込んだ彼女の努力は、お前への気持ちはそれ程度で済まされてしまうのか。

ギシギシと胸が軋む。

∴