あなたと私、ときどきあの子。【やすば】 (ページ29)

今日:18 hit、昨日:4 hit、合計:77,021 hit

月の魔術ページ29

∴

ドレスを着る女の為に調節された空調は俺には暑すぎた。

一旦出るけどどうする、と聞くと、私も行くと答えた彼女を連れてバルコニーに降り立つ。

外はもうとっくに暗くて真上に月が揺れていた。

中とは違ってここは透き通るように静かだ。

ジャケットを脱いで少し寒そうな彼女の肩にかける。

｢ありがとう｣

｢おう｣

｢すばるダンス上手いな｣

｢そんなん初めて言われたわ｣

｢ほんま？リードが上手やと思う｣

｢それはどうも笑｣

｢見て、めっちゃ月綺麗｣

｢ごめん｣

｢え？｣

｢ここにおるんが俺で、ごめんな｣

こんな事ここで、いや一生言うつもりは無かった。

それでも口から自然と出てしまったのは、闇の中で素っ気なく光る欠けた月の魔術か何かかも知れない。

｢ごめん｣

｢何言うてんの笑｣

｢俺が、｣

｢私は｣

俺の言葉を遮って彼女が真っ直ぐ俺の目を見た。

1歩近づいてそっと俺の手を握る。

｢私は確かに章大と踊りたいと思っとったけど、今はすばると踊れて良かったと思ってる。｣

彼女は優しさで塗り固められた嘘なんてつかない。

ただ正直にそう言って、すばるはあの子が良かったん？と悪戯に笑うから、なぜか俺の胸が痛かった。

｢でも俺があん時ヤスのこと誘えってあいつに言うてへんかったら、お前は今、｣

｢やっぱりすばるはそう言うたんや笑｣

｢やっぱりってなんや｣

笑った彼女はヒラヒラとドレスのレースで遊びながら回る。

｢すばるとあの子が来た時な、あぁ、この人は私と違ってあいつ誘ってこいって言えた人なんやろうなと思ってん｣

遠くでアナウンスが始まる。

｢私は言われへんかったから。｣

俺はただ、彼女の手を握り返した。

｢始まったなぁ｣

｢ほんま。さっきより騒がしいってどないやねん笑｣

｢一世一代の大イベントやもんな笑｣

アナウンスが発表するのはミスコンや皆勤賞、各部の賞など様々で、これは誰もが自分の名前を呼ばれるのを待つ3年間で最大の授賞式だ。

｢お前は呼ばれへんのか？｣

｢呼ばれても章大が行くやろ、どうせバンドのことやって笑。すばるは？｣

｢俺もまるに任せた｣

なんとなく手は繋いだままに、時が過ぎるを待つ。

頬に当たる風は火照った体を冷まして、遠くで俺達のバンド名が呼ばれるのを聞いた。

∴