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目的地にたどり着いた時には、もうすっかり日が昇ってしまっていた。夏の蒸し暑さで、べったりとした汗が体を伝い落ちる。
それでも江戸の中心部とは打って変わってとても静かで、裏手に山もあるここは、まだ涼しい方かもしれなかった。
「……ただいま。父さん、母さん」
民家が立ち並ぶ中の、特に寂れて雑草が生え放題の家の前に、私は立った。
ここに帰って来たのは、あの日以来か。
そっと中に入ったけれど、家の中にまで入る気はしなかった。取り敢えず庭の方に行って、縁側に腰かけて蝉の声に耳を傾ける。
中に入った方が絶対涼しいとは思うけれど、そうしたくないのは単純に、まだ残っていると思うからだ。
――大量の血痕と共に、べったりと染みついたあの日の記憶が。
勿論ここに帰ってくるだけで思い出さざるを得ないのだけれど、中のそれを見ると、余計に鮮明に思い出してしまいそうだった。
「…はぁ」
ただでさえ暗い気分なのに、余計に暗い気分になる場所に帰って来るとか…、私って馬鹿かなぁ。
「ご近所さんに見られたりしたら、驚かれるよね…」
とは言っても、ここが落ち着くのは変えようがない事実だ。本当は帰ってくるべきじゃなかったんだけど。
でも別に今日くらい良いよね、なんて、あれこれ自分に言い訳しながら、縁側にごろりと転がる。そうすると、背の高い雑草や塀が良い感じに姿を隠してくれるので、誰かに見られる心配も無さそうだった。
ぼんやりと庭を眺めていると、その中にちらほらと薬草が生えているのに気が付いた。
…あれ、私が初めて育てた奴だっけ。
大きな葉を広げているそれをじっと見ていると、どこからか声がした。
『母さん母さん、お薬生えた!ちゃんと生えたよ!』
『本当。よくできたね、A。でもそれはまだ薬じゃないからね?』
目の前の景色と、小さい頃の記憶が重なる。母の優しくて柔らかい手が、頭を撫でてくれた感触を思い出し、目頭が熱くなった。
記憶を振り払うように腕を目に当てるも、声はまだ聞こえていた。
『父さん、今日一緒に星見たい!ね、行こうよ!』
『夕方になってからな。俺たちは昼でも星は見れるけど、誰かに見られたら大変だろ』
はしゃぐ私に苦笑する、父の優しい声。
「…はは……」
自嘲すると、目尻から熱いモノが零れ落ちた。
「やっぱ、帰ってくるんじゃなかったかなぁ……」
――寂しくなるばっかりじゃん。こんなの。
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伽那 - 一言で言うとこれめっちゃ好き (2019年11月26日 22時) (レス) id: dad38348f0 (このIDを非表示/違反報告)
霜夜華(プロフ) - 沖田総悟さん» ありがとうございます!!もう!受験早く終われ!!!(泣)じわじわ更新ですが頑張ります! (2018年1月5日 8時) (レス) id: 3282eb2821 (このIDを非表示/違反報告)
沖田総悟 - とっても面白かったです!!キュンキュンもするし、見ながら泣きました‥。更新がんばってください!そして、受験ガンバってくださいね!!応援してます!! (2018年1月4日 19時) (レス) id: b86e1fcd7d (このIDを非表示/違反報告)
霜夜華(プロフ) - にんじん さん» あぁありがとうございます!!(泣)あと9日なんですよねー……ハハ。頑張ります! (2018年1月4日 14時) (レス) id: e79ecf6629 (このIDを非表示/違反報告)
にんじん - 受験頑張ってください!応援してます! (2018年1月4日 14時) (レス) id: 1018656ff9 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:霜夜華 | 作成日時:2017年9月29日 20時