バイト先は青心寮！【２】

7-3 じわじわ ページ7

『アイツの成長を助けてやれるほど、俺は大人じゃないんでな』

『がんばってくれよ、正捕手』

Aの頭の中では、先ほどのクリスの言葉が何度も繰り返されていた。

今のは…何なのだろうか…。

沢村の事といい、今年のチームについての事といい、あれではまるで他人事だ。
最後の『正捕手』に関しては、もはや御幸に対する嫌味にしか聞こえない。

じわじわ…と、Aの中にある感情が芽生え始めた。


この一年、クリスが本当に苦しんできたであろうことは、頭では理解しているつもりだ。
もちろん、実際の苦しみは本人にしかわからないだろう。
自分には想像もつかないような一年を、クリスは過ごしてきたのかもしれない。

…けれど。

だからと言って、あんな風に全て自分には関係ないことだ、と言わんばかりの言動をしていいはずがない。

クリスは知らないのだ。

沢村が、どれほどの覚悟を持ってエースになると言っているのかを。
御幸が、昔も今も変わらずクリスの事を尊敬し続けていることを。

ぎゅっ…と、Aは拳を握り締めた。

本当に、何なのだ、『アレ』は。
選手としての道を選んだのは、クリス本人のはずではないか。
それなのに、誰の思いにも応えようとせず、自分には関係ないことだと線を引いて。
チームに関わることを自ら拒んでいるではないか。

「…何なのよ…」

フツフツと、芽生えた感情が大きくなっていく。

「…大人じゃない、って自覚があるなら…大人になりなさいよ…」

「…Aちゃん？」

俯いて呟いたAに御幸が声をかけたが、Aは答える余裕がなかった。


先ほど御幸が、沢村の力を引き出せるのは俺達捕手(キャッチャー)ですよ、と言った時…
クリスの目が一瞬輝いたのを、Aは確かに見た。

選手として

捕手として

その道を諦めきれないでいるくせに、まるで諦めたようなフリをして。
周りに自虐的で嫌味なことばかり言って。

その言葉が自分自身に跳ね返り、己を傷付けることもわかっているくせに！

「あんのひねくれハーフがぁーっ！！」

地面に向かってそう叫ぶと、Aはキッと顔を上げ、持っていたカフェオレの缶をゴミ箱へ叩き込んで、クリスを追って駆け出した。

7-4 貫け→←7-2 二人の捕手(2)

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す