バイト先は青心寮！【２】

10-10 黒士舘戦―クリスを見つめる人(1)― ページ40

「すげぇ！！すげぇすげぇ！！クリス先輩、全然ボール投げれるじゃないっスか！！つーか俺、何もしてねぇし！！」

ベンチに戻りながら、沢村が興奮して大声でそんなことを叫んでいる。
Aも口元を手で覆い、呆然としながらベンチに引き上げてくる青道ナインを見つめていた。

今、目の前で起きたことが…信じられなかった。
クリスが出場してから沢村が投げた球数は、わずか3球。
たったそれだけの間に、無死満塁(ノーアウトまんるい)というピンチを見事に切り抜けて見せたのだ。

四番打者に対して超前進守備を敷き、相手のプライドを刺激して力ませたのだろう、というところまでは予想がつくが…その他のことは、沢村のピッチングについて深く知らないAには想像することができない。
沢村とバッテリーを組み、その持ち味を知り尽くしているクリスだからこそ考えられた作戦だったのかもしれないが…あっという間にスリーアウト・チェンジとなり、Aには魔法のようにしか見えなかった。

「…凄い…」

手で口を覆ったままAが呟いた時、グラウンドにいるクリスと目が合った。
Aに気付いたクリスは、フッと小さく微笑みを浮かべる。

「…っ！」

ドキッ、と、自分の心臓が大きく跳ねたのをAは感じた。
一瞬遅れて、かあっと顔が熱くなってくる。

今、このタイミングでそんな風に笑いかけるのは…

…反則…

ドキンドキン、と、煩いほどのリズムを刻む胸の上に手を置いていると、少し離れた場所から聞き覚えのある声がした。

「ははっ！はっはっはっ！やっぱアンタはこーでなきゃな、クリス先輩！！」

顔を向けると、走ってきたのか若干息を弾ませながら、御幸が嬉しそうにグラウンドを見つめていた。


その後の、1回裏、青道の攻撃。
一番打者の春市が初球を叩いてセンター前ヒット。
二番打者が送って一死二塁となり、その後、犠牲フライとタイムリーで青道は2点を先制した。


そして迎えた、2回表。
味方が攻撃している間にクリスとブルペンに入っていた沢村は、初回に比べると明らかな暴投は減ったものの、まだまだ不安定な状態だった。
一死一・二塁と初回に引き続きランナーを背負い、バッターボックスに入っている八番打者に対してもボールが先行する。

…と、その時、マウンドを見つめていたAの隣に、新たなギャラリーがやってきた。
気配を感じて横を見上げたAは、その人物を見て軽く目を見開いた。

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