バイト先は青心寮！【２】

10-8 黒士舘戦―バッテリー―(1) ページ38

片岡監督の隣に立つ、プロテクター類をつけてキャッチャーミットをはめたクリスを見て、Aは思わず目を見開き、両手で口元を押さえた。

クリス君が…試合に…！

「キャッチャー小野に代わり…滝川！！」

片岡の声がグラウンドに響いたあと、クリスはマウンドに向かい、集まっていた内野陣に合流した。
どうやら選手達も投手交代だと思っていたらしく、クリスが出てきたことに戸惑いを見せている。

暫くそのままマウンドで話すと、クリスと交代となったキャッチャーがベンチへ戻り、代わりにクリスは外野陣もマウンドへ呼んで何やら話し始めた。

「何やってんだあいつら…外野まで呼んで…」

「まだ1回だし、ここは1点取られる覚悟で中間守備でいいんじゃねーか？」

Aの少し前に座っているギャラリーが、そんな話をしている。
そう…1回表、無死満塁(ノーアウトまんるい)のこの場面。
多くの場合、1点覚悟の中間守備が選択される。
失点を最小限に抑えてアウトを稼ぎ、この裏の自分達の攻撃に繋げていこうという、ごく一般的な作戦だ。

…しかし…

クリスは外野陣までもマウンドへ呼んでいる。
何より、沢村はコントロールが定まっていない状態だ。
中間守備を選択したところで、またフォアボールを出して押し出しになる可能性も十分にある。

ドクン、ドクン、と、Aは自分の心臓の音が大きく耳に響くのを感じた。
不思議な高揚感が体に満ちてくる。
おそらく、今この場面で必要なのは『打者に手を出させること』。
ボールの荒れている沢村の球を見極められてしまっては、どうにも打つ手がない。

クリスは…一体何をする気だろうか？

息を飲んでマウンドを見守っていると、「はい！！」という沢村の大きな声が聞こえたあと、選手達が自分のポジションへと戻って行った。

…戻って行った、の、だが。

その守備位置を見て、グラウンド中がざわめきたった。

「なっ…内野手が全員前に！？」

「ま…まさか、この場面で超前進守備！？」

「スクイズ封じか！？」

「見ろよ…外野も内野のスグ後ろに来てんぞ！」

「サ…サヨナラの場面ならともかく、これじゃあ外野に抜けた瞬間、走者一掃のタイムリーだぞ！」

「この場面でこのシフトはリスク高すぎるだろ？」

ギャラリーから様々な声が漏れる中、Aはゾワッと鳥肌が立つのを感じた。
これが…クリスの答え。
沢村という投手を活かし、このピンチを、おそらく無失点で切り抜けるための作戦。

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