バイト先は青心寮！【２】

10-7 黒士舘戦―クリス―(3) ページ37

それに。

少し前まで、自分は選手としての道を諦めかけていたのだ。
先の見えないリハビリに心が折れそうになり、何もかもどうでもよくなって、チームのことは自分とは関係ないことだと思い込もうとしていた時期が確かにある。

チームメイトに対する後ろめたい思いと

今、大きく羽ばたこうとしている沢村をリードし、助けてやりたいという思い。

二つの思いの板挟みとなって、クリスは黙って拳を握り締めることしかできなかった。

…と、その時。

「何やってんだ、早くレガース着けろよ。お前はチャンスをもらえたんだぞ。」

静かだったベンチの中に、一人の三年生の声が響いた。
全く予想していなかったその声に、クリスは思わず顔を上げる。

「まさか試合に出てない俺達に気ィ遣ってんじゃねーだろーな？だとしたらぶっ飛ばすぞ。」

呆然としているクリスにニッと笑いかけ、その三年生は続けた。

「二年と一年がお前のことどう思ってるか知らねーけどよ…俺達三年は、みんなお前の努力を知ってんだ。俺達がスランプの時もアドバイスしてくれたじゃねーか。」

三年間、共に戦ってきた大切な仲間を舞台へ押し上げるために、彼はニカッと笑い、拳でドンと自分の胸を叩く。

「お前だってこのチームの一員だろ！胸張って出てくればいーんだよ！！」

その声に続くように、他の三年生も、驚いて目を見開いているクリスに声をかけ始めた。

「ほら早く行けよ！」

「何にも知らねぇ一年どもに、お前のプレイ見せてやれ！！」

苦しいこと、楽しいこと、辛いこと、嬉しいこと…。

三年間という時間をともに過ごした仲間同士の絆に、片岡を始め指導陣は小さな笑みを溢した。
その中心で、クリスは渡された自分のミットを胸に抱き、先ほどまでとは違う理由で歯を噛み締めていた。


一方グラウンドでは、無死満塁(ノーアウトまんるい)のピンチに内野陣がマウンドに集まっていた。
かーわーれ、というコールが続く中、その中心で沢村が歯を噛み締めた瞬間。

「選手交代お願いします！」

片岡の声がグラウンドに響いた。

「お…俺〜！？」

自分が代えられるのかと、沢村が情けない声を出した時。
片岡の横に、プロテクターをつけたクリスが現れた。
誰もが投手交代だろうと予想していたため、グラウンド中が呆気にとられる。

「キャッチャー小野に代わり…」

そんな空気を気にもとめず、片岡は力強い声で告げた。

「滝川！！」

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