バイト先は青心寮！【２】

8-11 笑顔 ページ22

「俺は、選手としての道を諦めてはいません。…が、現実はわかっているつもりです。」

Aは思わずクリスを見上げた。
相変わらず穏やかな、その表情。

「俺が一軍に昇格する可能性は、限りなく低いでしょう。」

「…クリス君…」

「…それでも、その可能性がゼロではない限り…最後の瞬間まで、俺は俺のやるべき事をやるだけです。」

Aの目を捉えたまま、クリスは続けた。

「あなたに言われたから…というわけではありませんが、俺も…後悔はしたくないので。」

Aは目を見開いた。
クリスの言葉からは、静かな決意のようなものを感じる。

良いことも悪いことも…自分の身に起きた全てのことを受け入れて、前へ進む。
それは、投げ遣りになる事とも開き直る事とも違う、自分の弱さと向き合う覚悟がなければできないこと。

「…参りました。」

気付くと、Aはそんな言葉を口にしていた。
クリスが穏やかな表情を浮かべているのは、良くも悪くも現実をありのままに受け入れているからなのだろう。

「最後まで…貫いてね。クリス君の、その思いを…」

瞳を和ませながら、Aはクリスに告げた。

「そのつもりです。」

Aにそう返すと、クリスは少し表情を緩める。
どことなくいたずらっぽい、ニヤリとした小さな笑み。

「ひねくれハーフというレッテルを貼られたままなのは癪ですしね。」

そのクリスの言葉を聞いた瞬間。
Aは先ほどまでの神妙で真面目な気分が吹き飛んだ。

ひねくれハーフ…
その単語は…
頭に血が登った『あの時』に、思わず自分が発してしまったもの…

「…も、もしかして…あの時…聞こえてた…？」

「どうにか聞き取れる程度には。」

しれっとクリスに言われて、Aは一気に顔が熱くなり、穴があったら入りたい気分になった。

「…ほんっとスミマセンごめんなさい私が悪ぅございましたいっそ殺してください…」

ガックリと肩を落とし、俯いて消え入りそうな声で言うAを見て、クリスは一瞬目を見開き…片手を口元に当て、プッと吹き出した。

「本当に…あなたという人は…」

いつもと違うクリスの様子に、恐る恐る顔を上げたAは、自分の心臓がドクン、と大きく跳ねたのを感じた。
口を半開きにして呆然と見つめるAの視線の先にあったのは、現実では初めて見る、クリスの柔らかい笑顔だった。

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