第9章 パンドラの匣 01 ページ22
*
「着いたぜ」
舞う砂埃が同心円状に広がる。靴底が久し振りに地面に触れて、その確かな感触にふと懐かしさを覚えた。
と、共に、一気にぶるっと寒気に襲われる。
「ああ――まだ慣れねぇかもな。何せ今は"ただの人"だ、まあそのうち慣れてくるさ」
呑気にマントを払いながら言う黒尾さん。そうか、私は今、人なのか。
こんなに嫌な場所だったんだ、と今更ながら実感した。全身の毛が逆立つような、獣の類ならもれなく威嚇を表現するような。そんな感覚。
ニヤリ、と彼が横で笑っていた。
「ま、心配すんな。A、お前も元はこっち側なんだからよ――」
「…………」
相槌は打たずに、顔を上げてそれを眺める。
城は、私たちを追い出した時と変わらず、
そこに建っていた。
「進めなかったら言えよ」
城の正門は無視して、黒尾さんは地下から中に入った。ここにはやたらと抜け道がある。私と影山さんが抜け出した穴は、こことほぼ真逆に位置していた、そういう記憶がある。
コツコツ、靴が石に触れる音だけがする。時折嫌な予感と共に風が頬を撫でて、戻ってきてしまった実感を嫌でも感じさせられる。
……戻ったら何て言おうか。正直に話すか、誤魔化すか。まあいずれにせよ、
無事に戻らなきゃいけないわけだけど。
あの、黒尾さん、と無意識に声をかけていた。振り返らずに「何だ」という返事。
「さっきから同じ場所をぐるぐる回っている気がするんですけど」
「……さすが、察しがいいな」
コツン。音が止む。立ち止まった黒尾さんは、すっと目を細めて私の方を見た。
紅く光る瞳。
「逃げ出させないようにしてる――とか言ったら怒るか？」
「いえ。そもそも逃げ出す気がありませんので」
「おっ、肝据わってんなぁ」
「嘘でしょう？」
ニッ、と笑って、「ご名答」。こんな場所でも距離感覚は失わない自分に安堵していると、黒尾さんはぐるりと周囲を見回すようにした。
ポチャリ。天井から水滴が落ちて、水溜りを作っている。
「感覚は昔のままってコトだな」
「本当の理由、教えてください」
「時間稼ぎだよ」
時間稼ぎ？ 首を捻る私に彼は頷く。
「俺が案内するのはここまでってなってるからな。そろそろ次の奴に交代だ」
「……それって、」
「ああ、心配するな。昔のお仲間じゃねぇよ」
ほっとした自分がいた。ここから、あの日とまで往く道を、――もしも、何があっても、彼らと歩くなんて、
無謀すぎたから。
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作者名：スマトラ島のラフレシア | 作成日時：2016年9月18日 18時
