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店員が個室を出て口を開いたのは、彼の方だった。
「俺より先にピアノがあなたに出会ってた」
「まあ、そーいう事だね」
「じゃなくて、俺は、俺が初めてあなたの弾く音を生で聞いたのは三年前のソロコンサートだった」
「三年前…どこで聞いた？」
聞きながらグラスを傾けて乾杯を促せば、控えめに澄んだ音が鳴る。考えてみたら俺ここまで素面で喋ってたんだな、て気が付いて今更に恥ずかしくなったりもして。
「日本で。春先にあったコンサート。その時の調律が師匠の知り合いで、勉強って名目でついて行って。俺は単純に、あの櫻井翔のピアノが聞けるなら良いかくらいの気持ちだったんだけど」
あの、って。とか自嘲めかして笑えば彼は大真面目に「普通にチケット取れないから」なんて言った。御陰様で公演があるとなれば即日完売する程度には人気の天才ピアニスト。
いま彼を口説き落とそうとしている俺は、そいつの顔をしているんだろうか。それとも。
「客として入ってたわけじゃないから当然袖で聞く事しか出来なくて。でもどうしても一曲だけで良いからホールの響きで聞きたくて、どさくさに紛れてアンコールだけ一番後ろで聞いたんです、立ち見で。本編も良かったんだけど俺はそっちの方が印象的だった」
「黒鍵のエチュード」
「そう。気が付いたら泣いてた。それまで音楽で心を揺さぶられる事はあったけど、そんなの初めてだった。楽しい曲なのに、どうしてそうなったのかはわからなくて」
曲調によるものなのか曲の背景を汲んだ奏者の感情の出し方によるものか、音楽で涙が流れる事はある。何度もコンサートの客席で涙を流す人を見てきたし、俺のそれと同じ感覚なんだと思っていた。
気が付いたら泣いてた、なんて経験を俺はした事がない。しかし彼は俺の演奏で、それを経験したと言う。
「まだ俺は知らない感覚だな」
「俺も今日までは、あの時しか味わえてなかった。またいつか、あなたの演奏を聞きたいと思っていたんです。まぁチケット取れなくてホールで聞くのは叶ってないけど」
「リクエストで一曲聞けんの、多分チケット取るよりレアだよ」
音の響き、広がり、ホール独特の空気で聞くのが一番良いのはわかるけど。今日さっきのあの時間はそれより特別なものであったはずなんだ。どうか口説かれてくれよ。
確かに、と笑う彼につられて笑って、しかしこれは俺にとってもレアだなと思ったりした。
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7oh(プロフ) - 白石さん» 白石さん、コメントありがとうございます！ひらがなで数文字の、その破壊力。うれしくてちょっと泣きそうになりました。これからもよろしくどうぞ！！ (2020年5月15日 22時) (
レス) id: 886f4a5b1d (このIDを非表示/違反報告)
白石(プロフ) - だいすきです。 (2020年5月15日 18時) (レス) id: 5afdb1acaf (このIDを非表示/違反報告)
7oh(プロフ) - タルトコさん» タルトコさん、コメントありがとうございます！毎日読み返してくれてるなんて有り難きしあわせの極みです。うれしい。これからも楽しんでもらえるような話を書いていけたら良いなと思うので、何卒！！ (2020年2月4日 21時) (レス) id: 886f4a5b1d (このIDを非表示/違反報告)
タルトコ(プロフ) - あまりに好きで、今日まで毎日読み返しています(日によって頭から全部だったり所々つまみ食いだったりですが)。好きだと気付いてモヤモヤなSさんの可愛さ！と、苛ついて噛み付くように唇重ねてくるJさんには何度も撃ち抜かれています。はぁー…たまりません…… (2020年2月4日 1時) (レス) id: 72b99ad2a3 (このIDを非表示/違反報告)
7oh(プロフ) - こうべさん» こうべさん、コメントありがとうございます！お友達はそうです、Nさんです。よかった伝わってて。楽しんでもらえてうれしいです！M的にはずっとすきだったひとからそんな事されてますからね。我慢も出来なくなりますよｗこれからもどうぞよしなに！ (2020年2月3日 0時) (レス) id: 886f4a5b1d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：7oh
| 作成日時：2020年1月25日 22時
