この花を君に 6

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「ええ、もちろん。
大旦那様は私が見ておきますから」

「いつも悪いな。
ありがと、富貴子さん」



そう言った広臣さんが
病室の入口に向かって歩き出したので、
慌ててついて行く。

前まではいつも、
手をつないでゆっくり歩いてくれたのに
今はひとりでスタスタ歩いていってしまう
広臣さんの背中を見て、悲しくなる。

当然他愛もない話なんてしてくれなくて
広臣さんは無言のままエレベーターに乗り、
別の階にあるカフェに入っていった。



「何飲む？」

「……じゃあ、アイスティーをお願いします」



気後れしながらもそう答えると、
自分のアイスコーヒーと共に
それを注文してくれる。

飲み物が運ばれてくるまで
黙り込んでいた広臣さんが、
やがて「いつまで見舞いに来んの」と呟いた。



「富貴子さんに聞いた。
昨日、じーちゃん
お前のこと分かってなかったんだろ」



その言葉に、昨日のことを思い返す。

前の晩に痛みが治まらず
錯乱していたらしいお祖父様は、
お見舞いに来た私を見て
『君は誰だ』と訝しそうにしていた。

富貴子さんが
『広臣様の婚約者のAさんですよ』と告げても
分からないらしく、
『そうだったかな』と心細げに呟いていた姿を
思い出して、胸が痛む。



「俺のことも分かってなくて、
『直之はこんなに大きかったかな』とか
言ってたよ。
あんなクソ親父と一緒にされて
すげー不愉快だった」

「……それは、悲しいですね」

「悲しいっつーか腹立つわ。
『死ぬ直前に呼べ』とか言って
1回も見舞いに来ないクズと間違われたんだぞ？
お前もうちの母親と間違えられたりするかもな。
そしたら俺の気持ち分かるわ」



イライラしたようにそう言った広臣さんが
スーツの胸ポケットに手を入れ、
煙草を出しかけてちっと舌打ちする。

病院内は全館禁煙なので、
ここでは吸えないことを思い出したのだろう。



「あの、煙草なら、」

「いや、ここ来る前に吸ってきた。
昨日のこと思い出してイライラしただけだから
我慢するわ」



他人の私から見ても
広臣さんのご両親はひどい。

お見舞いに来ないことも、
『死ぬ直前に呼べ』などと
まるでお祖父様の最期を
待ちかねているかのような発言も。

そんなひどい人に間違われて、
広臣さんが腹を立てるのは仕方ないと思う。

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