この花を君に 6

28 ページ47

社葬は山下さんが
取り仕切っていたので、
広臣さんと私は遺族として
祭壇の側に控えていた。

お坊さんが読経する中、
参列者の方が順番にお焼香されるのを
会釈して迎える。

ブラックスーツに身を包んだ中年男性たちが
粛々とお焼香していくのを見送っていると、
やがて山下さんが言っていた通り
アマリアさんが現れた。



一応黒い服を着ているとはいえ、
ノースリーブのワンピースで
大きなお腹をしているアマリアさんは
とても目立っていた。

葬儀に相応しいとは思えない
真っ赤な口元を歪め、
こちらに向かって歩いてくる。

このまま他の人と同じように
粛々とお焼香をして帰ってくださるなら
何の問題もないので、
『どうか大人しくしていてください』と
心の中で祈っていたのにそれは見事に裏切られ、
アマリアさんは祭壇ではなく
広臣さんの前に立った。



「この子にとっては
ひいお祖父様に当たる方なのに、
葬儀に呼んでくれないなんてひどいじゃない」



話しかけられたのに広臣さんは答えず、
アマリアさんを一瞥もしない。

司会進行のマイクスタンドの側に
立っていた山下さんがやってきて
アマリアさんの腕を取ると、
「触らないで」と振り払われた。



「厳粛な葬儀の場に相応しくない方は
お引き取りいただきます」

「もうすぐあなたの子が生まれるのよ。
なのに認知すらしないなんてクズだわ！
責任取らずに逃げる気？」



読経の声にかぶさるような
アマリアさんの叫び声に、
呆気に取られてしまう。

葬儀の場なのに
故人を悼む素振りが全くないどころか
場を壊すような振る舞いをする人が
この世に存在することが信じられなかった。

実の息子に鬼婆呼ばわりされるうちの母親でさえ、
密葬の場では大人しくしていたというのに。



今にも飛びかかって来そうなアマリアさんを
山下さんが取り押さえていると、
警備員さんたちがやってきて
アマリアさんを連れ出していった。

広臣さんが参列者に向かって頭を下げたので
慌ててそれに倣うと、
アマリアさんの登場で
しばらくざわめいていた弔問客の人たちが
やがて静かになる。

会場に戻ってきた山下さんが弔問客を促し、
お焼香が再開されてからは
つつがなく葬儀は進んだ。

29→←27

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す