この花を君に 5

＊ひまわり＊ ページ36

「集中できないなら
今日は稽古やめますか」



花材を手に取ったまま
ぼんやりしているところに
そう声をかけられて、はっとする。

顔を上げると若先生が
向かい側から呆れたようにこちらを見ていて、
いたたまれない気持ちになった。



「すみません……」



あれから数日経ったけど
広臣さんは相変わらず忙しそうで、
会うどころか連絡すら来ていない。

体調は大丈夫なのか心配だけど、
お忙しい広臣さんを煩わせるのが忍びなくて
私から連絡することもできないでいた。





夏休みに入ってずっと家にこもりきりの中、
考えるのは広臣さんのことばかりだ。

ちゃんとごはんは食べているのかなとか、
この間は睡眠不足だとおっしゃっていたけど
ちゃんと眠れているのかな、とか。

あとは、ふとした時に
広臣さんのことを思い出す。

お菓子を作る時などにバニラのにおいを嗅ぐと、
広臣さんに抱きしめられたことが脳裏に蘇る。

そこから連鎖するように
キスされたことや
『お仕置き』をされたことなんかを
思い出してしまって、
恥ずかしさのあまり突発的に叫びたくなるのを
堪えるのが大変だ。

なるべく考えないようにしようと思っても、
いつの間にか広臣さんが頭の中にいる。

今もぼんやりと広臣さんのことを考えていて、
若先生がせっかく綺麗なダリアを
用意してくださったのに、
いい生け方を全く思いつかなかった。

ピンクのダリアは鮮やかに咲き誇っていて、
いつもなら美しい花を見れば
明るい気持ちになるのに全然そうならなくて、
落ち込んでしまう。



「今は大変な時期でしょうから
無理に稽古に来なくてもいいんですよ」

「……」

「今日は私が生けましょう」



そう言って、若先生が
こちらに来たので座を退く。

花器の前に座り、
若先生はダリアの下葉を取り始めた。

茎を水切りして長さを整え、
ダリアを中心にグリーンをアクセントに加えながら
花器に生けていく。

若先生が迷いのない手つきで
花材のバランスを整えると、
あっという間に美しい作品が出来上がった。

花弁が多く華やかなダリアをすっきりと見せる、
若先生らしい生け方に見とれていると
ふいに「……実はあの日、同じ店にいたんです」と
若先生が唐突に呟く。

2→←30

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す