この花を君に

＊白いコブシ＊ ページ1

婚約者との
初顔合わせの当日は、
気持ちのいい晴天だった。



「今日は暑いわね。お着物だというのに」



タクシーから降り、
料亭の門前で足を止めた母親が
眩しそうに顔の上に手をかざし、
たまりかねたようにぼやく。

それに相槌を打ち、
後ろに付き従いながらハンドバッグを持ち直した。

訪問着で春の陽気に包まれた外にいると
暖かいというよりも暑い。

お相手の方はきっと先に来ているだろうから
お部屋に入ってから
額ににじむ汗を拭うのは難しいだろう。

また歩き出した母親の後ろについて行きながら、
手のひらでこっそり額を押さえた。



「広臣さんは大人の男性ですから
振袖だと子供っぽく思われるかもしれないと
思ったのだけど。
ああでも、あなたがまだ17歳だということは
ご存知なのだから
華やかな振袖にすればよかったかしら」



仲居さんに案内されて廊下を歩きながらも
ぼやき続ける母親に、
「ええ」と短く相槌を返す。

口答えや反論は許されない。

振袖だろうが訪問着だろうが
大して変わらないだろうと思っても。

そもそも着物を着ること自体
面倒だと思っていても。

母親は私の感情になど興味はないし、
話を聞く気もないから。



それでも、高校卒業の1年前まで
誰とも婚約させられなかったのは有り難かった。

条件のいい人が早くに見つかっていれば
私はきっと高校に行くことすら
できなかっただろう。

母親にとって重要なのは家名であり、家そのもの。

年の離れた兄が家を継いで、
それを維持していくのにお金が必要だから
私は売りに出される。

見ず知らずの、15歳も年上の男に。









私が生まれた岩田家は、由緒正しき華族の家柄だ。

元を辿れば皇族から臣籍降下されたご先祖様が
興した家らしい。

時代を経てどんどん貧乏になっていった
公家の例に漏れず、
明治の頃はうちも身分を返上しかけたほど
困窮したらしいけれど、
当主の娘が成金に嫁いだことで持ち直して
家を存続することができた。

それから岩田家は何代にも渡って
娘を嫁がせる代わりに
相手の家から援助を受けてきた。

そして、私の代でも同じことが繰り返される。

岩田家の娘は
家を存続させるための生贄だから。

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