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「お風呂ありがとうございました」
彼のものであろう灰色のスウェットに袖を通して、洗面所から顔を出す。芯まで冷えていた身体は温かくなり、むしろ少し高すぎる熱をもっていた。
「あがったんだね。どう、服大きくない？」
「大丈夫です、本当にありがとうございます」
「いいよ、気にしないで。それより、髪濡れっぱなしじゃまた身体が冷えるから、ドライヤーもっておいで。鏡の前に置いてあるから」
ん？ドライヤー持っておいでってなんだ。私が洗面所でやればいいじゃないか。
回らない頭で必死に考えて出た結論は、もしかして彼がやってくれようとしているのかもしれないということ。
「え、でも」
「体調悪くて腕あげるのも精一杯でしょ、やってあげるから持っておいで」
さすがに申し訳ないからお断りしようと口を開くと、彼は私の考えが見えているかのように私の声に彼の声を被せた。
彼の有無を言わさぬ目に断ることも出来なくなり、言われるままにドライヤーを持ってきて彼に渡す。
「はい、ここ座って」
「失礼します……」
ベッドの上にいる彼の下に座って温かい風に吹かれる。
「そういえば名前は？」
「木崎Aです。あなたは」
「川上拓朗っていいます」
「あ……」
その名前を聞いた途端、ずっと心のなかで引っ掛かっていたものが取れた。
そうだ、この人とはサークルでもゼミでも講義室でも会っていない。会ったのはほんの数回、それも画面越しでだ。
我らが東大のクイズ集団。さすがにこの大学にいれば名前くらいは聞いたことがあり、一度興味本意で見てみたことがあったのだ。
「川上さんって、QuizKnockのですよね……？」
「知っててくれたんだ。ありがとう」
うわあ、よりにもよってなんてお方に迷惑をかけてしまったんだと思わず頭を抱えたくなる。どうやってお礼をすべきか……。
「はい、乾いたよ」
彼は私の頭の中で行われている壮絶な会議なんて知るよしもなく、呑気にちょっと微笑みながらドライヤーを置いた。
このまま、かの有名なQuizKnockのお一人のお家にいるだなんてさすがに色々なところに迷惑がかかりすぎてしまう。それがまずいことはさすがの私でもわかる。
すぐに帰ろう、部屋は隣だし。一人暮らしも体調を崩すのにも慣れているし。
「私帰ります」
突然の私の言葉に川上さんの目は丸くなった。
「え、でも熱あるでしょ。結構高いっぽいしまだここにいた方がいい」
「じゃあ、失礼します！」
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作者名：あーち | 作成日時：2019年11月12日 18時
