最誕の音色【rb】 ページ13
ステージの上でピアノを弾く彼は輝いていた。
ぽろん、ぽろろん、と繊細な音色が彼の細い指先と黒い楽器から生み出される。
楽譜も使わずに演奏をするその表情は晴れやかで、何より美しい。
恋は盲目と言うが、こうして実際に恋をするとそんなものはどうでもよくなるものだ。
今、彼がこの世で一番美しい。誰がどう言おうと絶対に。
たった一人、自分だけが席についた演奏会。
ボロボロで、もう昔の美しさなど見る影も無いそのステージは、彼に照らされて見えた。
――もう十年以上も前になるだろうか。
戦火に焼かれ死に行く先輩に同僚に後輩。動かない手足。響く悲鳴と怒号。
走る身体が強張る感覚を他人事の様に感じ、肺が必死に酸素を求め、喉が痛みに悲鳴をあげた。
ドアノブを捻るのももどかしく大きなチョコレート色のドアを蹴飛ばし、
私 は 地 獄 を 見 た 。
机上に流れ出た血溜まりに倒れ伏す我らが総統。
側で左腕を無くし胸部を紅に染めた書記長。
開け放たれた大きな窓とその下に置かれた遺書は、もう復讐すべき相手が居ない事を意味していた。
遺書の上には重石がわりに、彼の眼鏡と煙草と、散々訂正してようやく出せたらしい書類。
ガバっちゃって文字の上に被った血のせいでまた書記長に怒られそうだ。
その書類に新たに透明の染みを作った私も、怒られただろう。彼らが生きていたのなら。
指導者を無くし、その右腕とも言える人物も無くし、城は襲われ。
バラバラになるのも、もう戻れないのも、当たり前の事で。
いつしか私はただの村娘となり、仲間も各々の人生を歩んでいった。
もうその人生のレールの上が、交わることは無いと思っていたのに。
――ピアノの音が止み、コツコツと靴音を鳴らして彼が歩み寄る。
「久しぶり」
『うん、久しぶり･･･でいいのかな。ロボロさん』
「おん。ほんま久しぶりやわ。隣ええ？」
『もちろん』
ふぅ、と気の抜けた声を漏らして彼はどかっと席に座る。
相変わらず小柄な彼だけれど、その顔にはもう天と書かれた紙は掛かっていない。
変わりに少し猫目っぽい桃色の瞳と、優しく微笑む表情が見える。
「･･･懐かしいな。昔グルッペンとか大先生に演奏聞かせたわ」
『オスマンさんとか呼んでたっけ？』
「せや、そんで途中でゾム達が内ゲバしてたのに巻き込まれて最後がおじゃんになったんやった」
ほんまええ年こいてアイツら、と話す彼は懐かしそうに目を細めている。
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