あなたと痛い 3 (ページ5)

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ゆったりとした音色が部屋を包んで、もう阿部は寝ちゃったかな、なんてことを頭の隅で考えていた。

鍵盤を押していた指を、ゆっくりと引き上げる。もう寝ているだろうと思いながら阿部の方を見ると、嬉しそうな笑みを携えた阿部が起きていた。

「あれ、起きてたの。」

「うん。嬉しかったから。
　覚えててくれたんだね。」

「まぁな。
　てかもう眠いでしょ？寝なよ。」

「じゃー、もう一曲。」

「はぁ、仕方ねぇな」

ベッドに潜る阿部を横目にもう一度鍵盤に手を伸ばした。
準備をしてから阿部を見ると毛布の隙間から顔だけを出していて、目が合う。その瞬間にふわりと微笑んで「いつもありがとね。」と呟いた。
恥ずかしくなって、ピアノに目線を戻しながら「こちらこそ。」と呟けば、ふふっと笑う声が聞こえて。
恥ずかしさを振りほどくようにピアノを弾き始めると、また、穏やかな音が響く。

1曲弾き終えてから阿部を見ればすやすやと穏やかな寝息を立てていて思わず頬が緩んだ。眠る阿部の髪を撫でる。
風が入るはずの窓は締め切られ、光はカーテンで遮られている。
阿部の寝顔を少しだけ眺めたあと、電子ピアノの電源を切り部屋を出た。

「あれっ、岩本くん？」

「あ、どうも。佐久間さん。」

「どうも、今日もありがとね？」

黒い燕尾服を来てふりふりと手を振る佐久間さん。
阿部専属の執事で、小さい頃から阿部に仕えていた。その頃から年月は経っているはずなのに、若々しい容姿は変わらない。

「いえ、俺が好きでやってるので…」

「それでも、だよ。阿部ちゃんね、昼夜は逆転しちゃってるけど、
　毎日ちゃんと寝れててさ。それに、岩本くんが来るの、毎日楽しみに待ってるんだ。」

＿＿＿あんなに嬉しそうなの、昔岩本くんと一緒に居た時期以来だもん。そういって笑う佐久間さんは、少し寂しそうで。

「これからもよろしくね？阿部ちゃんのこと。」

「はい。俺も、楽しいんです。阿部といると。だから、」

＿＿＿安心してください。言おうとした言葉は飲み込んだ。
寂しそうに笑ってた佐久間さんが、ありがとうってすっごい嬉しそうに笑うから。

いつまでも、阿部のためだけにピアノ弾かせてよ。
終わりが来るなんて、絶対許さないから。

こころのおと fin.
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