強くたっていい。だろ？４【青葉城西】

臆病者の欲の話 ページ19

松川side



ーー怒っていた、つもりだった。
俺らに何の相談もしないで、何かを抱え込んでいるようなAに。

…でも。


『何を、そんなに怖がってんの』

…追い詰めるつもりが、逆に追い詰められたのは俺の方。




《ーーお前のこと、一番分かってんのはお前じゃないかもなって事》

いつか花に言われた言葉が脳裏を過ぎる。


意図して冷たくしていた空気を和らげて、己の真下にいるAを見下ろした。
真摯な眼差しで俺を見上げるAにすっかり怒気は吹き飛んだけれど、腕の中から逃げようともしない彼女に、俺はまた違った意味で溜め息を吐いた。



『…何』

「いや、あのさ…まぁ、俺のせいなんだけど」

『まつっちゃん何言ってんの』

「えー…じゃあ言わせて貰うけどさぁ、」

…なんで逃げないの。
呆れと困惑。声に滲んだのはそんなものだったと思う。


『逃げる？』

眉間に皺を寄せるAを見て、再度出かかった溜め息を何とか喉奥に押し込んだ。


二人の距離は僅か数センチ。
…分かってんのかよ。



「ねぇ、危機感とかないわけ？」

『危機感？あるけど』

「いや、じゃあマジで何で逃げないの？」

『？』

「…俺が本気でキスしないとでも思ってた？」

揺れた瞳に微かな優越感。吸い寄せられるまま顔を近付けた。





ーーチュッ。
リップ音をわざと立ててから顔を上げる。

ぽかんとしたAの顔に目尻を緩めてから、ぎゅっとその華奢な体を抱き寄せた。


『なっ…、ま、まつっちゃん今…』

「セーフでしょ」

『はぁ…？』

「唇の端にしたからセーフ」

『…アウトだよ馬鹿』


額をAの細い肩に預け、背中に回した腕にぐっと力をこめる。
真正面から彼女を抱きしめたのなんて初めてで。自分より低めの体温に、Aらしいななんてどうでも良いことをぼんやりと考えた。


「ねぇ、ほんとに分かんない？」

『はぁ？』

「何で俺がビビってる事には気付くのに、大事な所は気付かないかなぁ」


ーー分かってる。
Aが何かを抱え込んでいる事。それを俺らに詮索されたがっていない事。
…言葉や態度には出さないけど、自分の存在をあんまり大切だと思っていない事。

分かっていて手の一つも差し出せない俺は、きっと臆病なんだろう。


でもな、そんな俺でも、伝えたい事が確かにあるんだよ。

ーーAが大切なんだって。簡単で、単純な、そんな事を。
いつかきっと、伝えるから。
その時はどうかいつものように、呆れたように笑って欲しい。

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