28 彼女の笑顔(Hikaru) ページ28
教務主任の先生と話をしてから俺のデスクに彼女が来た。
主任の男性教師が俺を呼ぶ。
｢岩本先生｣
｢はい｣
動く心を隠そうとして、いつもよりひとつ低い声が出た。
｢岩本先生のクラスの副担任の水瀬先生です｣
紹介された彼女は華奢な白い手をお腹の前で重ねて、お辞儀をした。
ゆっくりと上げられた顔。
視線が、重なった。
彼女の薄い瞼の上に乗った淡い色のアイシャドウ。
真っ白な肌。
薄いメイクは、造形を引き立たせるためではなく、生まれ備わった美しさを抑えるためのものに、俺には見えた。
｢岩本先生｣
俺を呼んだ彼女は、俺の表情を見ながら、心ぼそげに、学生に戻ったような言い方で、そう呼んだ。
俺の片手くらいの小さな顔、掴んだから壊れてしまいそうな身体。
何かを夢見て、俺を信じきったようなうるんだ茶色の瞳に俺が映る。
「岩本照です。よろしくお願いします」
「水瀬Aと申します。よろしくお願いします」
人の心の一番柔らかな場所までまっすぐに差し込まれてしまう針のような、それは苦しくなるくらい美しくて逃れようのない笑顔で、彼女は俺を見上げた。
喩えるなら、貴重な花だと思った。
偶然の果てに、東京の片隅でその花を目にしてしまったような気持ちだった。
それが、彼女が赴任してきた初日の光景だった。
俺は今でも、それをよく覚えている。
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作者名：riko | 作成日時：2023年6月5日 15時
