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こぼれたインクが広がり、ただそこに突っ立ってた俺の爪先を塗らし、次第に俺自身を染め上げていくのをただ黙って見ていた。
インクのせいじゃない。
かといって、ただそこに突っ立って黙ったままだった俺が悪いんでもない。
極めて客観的に感じるかもしれないが、これは俺の話だ。
俺が語る、俺の身に起こった事象だ。それは周りを巻き込んではいたが、その中心に立つのはいつでも確かに俺だった。
「おはようさん、いつまで寝とるんや寝坊助」
語りかけながら遮光カーテンを全開にすると、午前中の元気な日の光が静かに眠り続けるその顔を柔らかく包み込んだ。
「眩しいんじゃボケー閉めろやぁー」
ヤツはそう言って枕を抱え込み、肌掛けに潜りながら寝返りを打つんだろう、きっと。しかしその瞼は、穏やかに閉ざされたままだった。
少しだけ細くなった左手の薬指に、シルバーのリングが光っている。
在るべき場所にピッタリと収まっていたはずのそれが、今は辛うじてそこにしがみついているように見えて、思わず俺は視線を反らした。
「最近食が細くなったみたいで心配やわ。まぁ、もう部活部活の高校生やないし当たり前かもしれんけど」
いつかの母親の声が頭に響いた。
侑が贈り、2人でつけて意味を成すその指輪は、日常生活による細かい傷を増やす代わりに、彼女が無意識に触れながら流す涙を受け、ますます光輝いていくようだった。
彼女の涙を拭うのはお前の役目やろ寝坊助。はよ起きろや。
ていうかなんなん?その指。そんなんで俺にトス上げようなんて思ってんちゃうやろな。俺の打点まで届かんかったらシバき倒すし。
あの日から目を覚まさない俺の半身。
俺の半分持って行ったくせに、大事に抱えたまま眠りこけてんちゃうぞ。
「……はよ起きろや……」
包み込んだ左手はひんやり冷たいが、暫く握りしめると確かな温もりを持つ。
「まだ掴める、まだ、掴めるで」
自身のと長さも太さも大して変わらなかったのに、節榑立った指はほっそりしている。
そっと頬に押し付けると、涙が流れた。
それは眠ったままの侑の指を濡らして、ほろり、と落ちて消えた。
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作者名:ポロリ | 作成日時:2019年10月30日 11時