岩 田 図 鑑

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映画館の前で絵に描いたように固まる私を、多分容易に想像していただけると思う。


大きな春色のパネル。

かわいらしい女優さんと綺麗な男の子。



「岩田……剛典…………」



……………あなたは、誰ですか？



脚がすくんで動けない。

そのパネルの写真は毎日家にいる大好きな恋人の写真。
名前しか知らない大好きな人。
目を瞑れば浮かぶ大好きな笑顔。



だけど、その写真は全く知らない人のように思えた。




恐る恐る観た映画。
実際の私たちにリンクするみたいな映画の中の恋人たち。

案外すんなりと素敵な映画として楽しめたのが不思議。

でも映画の中の彼は、間違いなく私のものじゃない、誰か、知らない人で。


「引き金………かぁ」




映画を観終えて、『岩ちゃん』と呼ばれてるらしい彼に夢中の後輩が
ご丁寧に『岩ちゃん』についてあれやこれやと説明してくれた。


思えば、この半年、全く彼の情報に触れずにきた方が不思議なほどだ。

それほどの人気者らしかった。


『キラキラの王子様なんですよ！』

(どっちかと言えばドSで生意気な狼みたいだけど？)

『でもこれが、意外とガサツで！そのギャップもかわいくて！』

(まぁガサツなとこもあるけど、案外綺麗に洗濯物畳んだりするけど？)

何も知らなかった彼の情報は、
ゆっくりどころか雪崩のように私の中にアップデートされた。




後輩と別れて家路に着いた。
剛典は今日も帰って来ないって言ってた。


彼は何も嘘は言ってない。

騙されていたわけでもない。

何か思うところがあって、自分のことを秘密にしていたのだろう。



だけど、この喪失感にも似た気持ちはなんなんだろう…………。




やっと触れられた本当の彼が、今度こそ手の届かないところへ行ってしまった気がした。



もう、夢をみるのは終わりにしなさい。


いるはずのない神様の声が、しっかりと聞こえたような気がした。









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