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午後3時の天鵞絨駅、天気は秋晴れで控えめな太陽の光が寒さを和らげてくれる。ぽつぽつと人がおり、天鵞絨駅前でスマートフォンをいじって待ち合わせをしている人も何人かいる。Aもその一人だ。
Aは自分が誰か分かるよう、そして誉に手紙を渡すため右手に封筒を持っている。
受け取ってくれるだろうか、と封筒を太陽に翳し、そこから透ける自分の字を眺める。
視界に広がる白から臙脂色が覗く。
「君が嶋瀬Aくんかい?」
テノールにどこか艶めいた声が鼓膜を揺らした時、その臙脂にようやく気付いて、Aは現実に引き戻され、後退りをした。
「あ、ああ、ああああ、有栖川誉さん…!?」
「そんなに後退りをされると傷つくよ。如何にも、私が詩人の有栖川誉だが」
Aの奇っ怪な行動に少し笑って誉は自分の名前を名乗った。
彼から香る高級の清廉な香水に目が眩みそうになる。自分よりもはるかに高い位置にある頭部が覗き込んでいる。肩に入る力が抜けてくれない。
「あ、あの、お、お会い、できて……とても……光栄です……」
「ああ、私も君のような未来の詩人に会えて嬉しく思うよ。私の美しさに緊張してしまうのは分かるのだが、もう少し肩の力を抜きたまえ」
愉しそうに誉はAの肩に両手を置く。
少し押せば、Aの肩は催眠術にでもかかったかのように力が抜ける。
そんな様子に更に面白そうな顔をする。
Aは肩にある骨張った手から伝う体温に動悸が止まらない。
「ここで立ち話もなんだし、近くのカフェでお茶でもしようじゃないか」
なんでもないように誘うものだから彼は女慣れしているのだな、Aはそんなことを思い、彼の隣にいたであろう恋人の姿を想像し、胸を痛めた。
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作者名:まそたろう | 作成日時:2017年10月7日 1時