【A3!】昼下がりのソネット【有栖川誉】 (ページ5)

今日:2 hit、昨日:1 hit、合計:7,858 hit

4 ページ5

月が太陽よりも消極的に地球を照らす23時。落ち着いた色で統一されたインテリアに囲まれながら、机に座っているスタンドライトを点け、手紙を書く女性。

「有栖川さん、明日来てくれるかなあ……」

落ち着きのない様子で隣の窓に飾っている小さな観葉植物の葉を指の先で軽くはじく。観葉植物は綺麗な緑色で元気であることを主張する。
机に向き直り手紙の最後に"嶋瀬A"と書く。
灯りを消し、ぐっと伸びをする。筋肉、骨、内臓が微かに伸びていくような元の位置に戻っていくような気持ちの良い感覚を覚える。

＊
Aが誉の存在を知ったのは雪がたまに降る冷たく寒い冬に遡る。
近所の家はMANKAIカンパニーという劇団の寮だ。
毎日賑やかな声が聞こえる。
中でも一番記憶に残るのは、夜に寮のバルコニーで大声で男が詩を詠んでいたこと。
最初は騒音で煩わしく思っていたが、苛立ちで窓を覗いた時にそれは一瞬で消え失せた。

月明かりに照らされたすらりとしたシルエットと臙脂色が月光に反射し伸びやかに詠む様子が上手く合っていた。それはまるで森の中で鳴く梟。それと同時に彼の詠む詩は独創的で興味をそそられた。

ビロードウェイを歩いた時にちょうどMANKAIカンパニーの冬組旗揚げ公演が始まるのを貰ったチラシで知る。
キャストの名前を見ていれば"有栖川誉"という文字。
その名前に妙な既視感を覚えた。
Aは妙な既視感からの違和感を紛らわすために、本屋に行くことにした。

本屋特有のインクの匂いを感じながら適当にふらつく。文学、生物、旅行。色々な本が所狭しと並んでいる。
その時は詩が読みたい気分だったので、詩が置いてありそうな本棚を彷徨く。
色々と見ていると"有栖川誉"という明朝体で印字された名前に目が行く。
ああこのひと、もしかして。レジで小銭を払って、家に帰ってその本を読む。
読んでいくにつれ彼の綴る詩に惹き込まれ、公演を見に行くことにした。

なんとかチケットをとり、MANKAIカンパニーの劇場を見上げる。

今から有栖川誉さんが演じる舞台を見るのか、と何故か緊張してしまっていたが席に座ると緊張は吹き飛んでいた。
むしろ、わくわくしている。

「早く見たいなあ……」
その呟きはアナウンスに溶けて掻き消された。

アナウンスが終わり、数分が経った頃
ブザーが鳴った。