10 ページ12
「……は？」
「名前で呼んでもいいか、と聞いているのだよ」
呆然としたAの目の前で誉の細く男性的に骨張った手を振る。おーい、と時折声をかけながら。
数秒後、Aはハッとして現実に戻る。
その様子に誉は安堵したように手を振るのをやめて紅茶を飲んだ。
それでも現実を受け止めきれないAは挙動不審だ。
「どうして名前で呼ぼうと思ったんですか」
「君とはいい友人になれそうだから、だよ。友人間で名前で呼び合うことは多々あるだろう？」
ああ、そういう。
彼は期待をさせるようなことを平気で言ってしまうとんでもない奴なんだ、と新たに脳にインプットする。
「名前で呼んでもらってもいいですよ。私も貴方とはいい友人になれそうです」
「なら良かった。改めてよろしく頼むよ、Aくん」
異性に名前を呼ばれても抵抗なんてないのに、この人だけはどうも意識してしまう。
それは憧れの存在故なのか、はたまた恋情を抱いている故なのか。
Aには分からなかった。
恋愛経験をしたことが無い、という訳でもないし、況してや相手から滲み出る好意やアピールに全く気付かない____例えば赤面しているのを見て「大丈夫？熱？」なんてほざく等___そのような鈍感ではないのだ。
恋愛経験はあるとは言ったが、スクールカースト上位にいるような人達のように豊富にあるというわけでもなかった。
憧れの存在と恋愛をしたことがないから、分からないのだと自己解決することにした。
いつの間にか中身が空になったマグは私がどれだけ考え込んでいたのか、どれだけ彼と話し込んでいたのかを体現していた。
「さて、君とも友人になれたし、そろそろいい時間だ。寮の近所だ。帰り道は一緒と言っても過言ではない、送っていこう」
そう言ってすたすたと会計に向かっていく彼のあとを小走りで追う。
待って、お金は……そう言おうとしたがその頃にはもう支払いが終わっていた。
カフェから出て、自分の分の料金を支払おうと財布を取り出そうとしたら誉の手で軽く制された。
「お金のことは心配しないでくれたまえ」
「……ありがとうございます。ご馳走様です」
少し肌寒い風に身を震わせながら誉の横に並んで帰路についた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 62人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：まそたろう | 作成日時：2017年10月7日 1時
