雨脚、去りぬ ページ4
(前ページの続きみたいなもの/ヒロ視点)
初夏の陽射しが差す頃にもなれば、どうしても憂鬱になる。天気はコロコロと色を変えて、傘を持たずに出掛ければ雨が降る。用心して車を出して出掛けると、今度はからりと晴れる。気紛れで、掴み所のないあいつは俺達を嘲り笑っている事だろう。
季節はすぐに回ってしまう。この夏は海に行きたい、なんて思っていると雪が降る季節になっている。飛ぶように過ぎていく時間が、今この一瞬も惜しい。
思い悩んでる暇なんて、無いはずなんだけどな。
夏の記憶と言うものが濃縮されて俺の頭の中に残っている。量の割にはメモリをたくさん喰う。
だけど、一年前の『あの』初夏の晴れの日。何よりも、その日抱いた感情ばかりを鮮明に覚えている。
A。今、どこにいますか。
────
同じ学部だったAと付き合って1年が過ぎた頃。俺から彼女に指輪をあげた。まだ職も安定してないから結婚はできないけど、いつかの約束として。
夏祭りも一緒に行った。隅田川の辺で、2人で花火を眺めた。実にありふれた、どこにでもある幸せの記憶。
それが崩れたのが3年目の夏だった。
「医者に嫁ぐから、もう一緒に居られない」
そう告げられた時には衝撃が走った。
Aの家庭は厳しかったから、本人だって苦渋の決断に断腸の思いだったに違いない。
こっそり、指輪を外して出掛けている事も分かっていたつもり。違和感があっても、俺から問い質す事なんて出来なかった。お互いに何も言い出せないまま、あの日が来てしまったんだな。
俺が夢を追っ掛けている内に、心が離れていってしまった。彼女もそれは望んでいなかったはず。もどかしい。俺がもっと早く結果を出せていれば、一緒に幸せになれたかも知れないのに。
交差点のシグナルが、激しく揺れる。蜃気楼みたいな彼女の姿。寂しげな背中。
こんな事後悔してたら俺、洋平に怒られるかな──
────
入道雲が、雨が、Aの心までもを連れ去ってしまった。夏の悪戯は彼女の手を引いて、遠くへ逃げて行った。
夕立みたいに訪れる、突然の不幸は俺の手をすり抜けた。雨上がりの冷えた空気の中に、1人取り残される。
自責の念に囚われたまま、生きるのだ。空が何度色を変えようとAは帰って来ないんだから。
今だけは引きずっていて良いかな。やり場の無い気持ちを誰かにぶつける様な事はしたくない。
傘を畳み、隣に誰かの影が無いことを受け入れよう。
嗚呼、君のいない夏が来る。
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作者名:サイアラタ | 作成日時:2016年6月19日 21時