[Alexandros]短編集 (ページ2)

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虚ろな指先ページ2

(よぺ/一人称視点/名前変更なし)

レコーディングを終えて、マネージャのワゴン車に全員の楽器を積み込んだら背中が軽くなった。その足で、歩いて5分のBARに向かう。酔いたい気分だったし、帰りはタクシーを呼べばいいか。

黒いダマスクの壁に、カーマインの豪華な絨毯。カウンター側の壁一面にワイングラスと本が詰まっている。
前回此処を訪れた時にも頼んだマティーニをオーダーする。王道かつシンプルながら、この店の知ってるメニューでは1番美味しいと思う。ちょっとアルコールが入っていた方が、纏まらないメロディなんて頭にぽんぽん湧いてくるものだ。
店にはアッシュの掛かった長髪の若い女がいた。1つ空席を挟んで静かに座る横顔を一瞥する。綺麗で可愛らしいけど、俺の好みではなかったね。

『あちらのお客様からです。』

顔を上げたら、背の高いコリンズグラスが目の前に置かれた。正直、そんな台詞は死語だと思っていたのに。左奥の席であの女が微笑んだ。これが所謂逆ナンと言うものだろうか。胸の向こう側で、挑戦心みたいなものが渦巻く。強烈なカクテルだろうと踏みながら、グラスに口をつけた。紅茶の様な味がする。ロングドリンクを得意げに飲みこなしつつ、席をひとつ詰めた。

すぐにバンドの話をした。若い世代はロックをよく聞くらしいから、話が弾む。途中で、このカクテルの真意を分かっていながらも問うた。下心に決まってるでしょ、と笑い飛ばされた。この女、只者じゃない。お返しと言わんばかりに、残っていたカクテルを飲み干した。大した事は無い。…筈だったのに。

何杯目だったかは忘れた。ふと、着信音が鳴ってスマホを取り出す。ヒロからのメールだ。『どっかで油売ってるの？笑』返信しようと思った所で指先が霞んだ。視界が揺らいで、文字も何行目を読んでいるか分からない。同じものを飲んでいる筈なのに、何故。
合わせたように『マスター、いくらですか』って女の声が聞こえた。あぁ、マジか。タクシーまで呼んでる。

その時にふと、思い出した。
ロングアイランド・アイスティーって言う女殺しのカクテルの名前をね。

手を引かれる。席を立たされる。〝まぁ、それでもいいか〟なんて思ってしまう。危機感と恐怖が薄れる。やけに不気味な満足感に包まれたまま、カランコロンとベルの鳴る店のドアをくぐった。浮遊する意識の中で、こんな言葉を聞いた気がする。

〝────レディ･キラーにご用心。〟